魔法少女とウサギとインコ(前編)

 連休明けの気怠い体をなんとか動かして、明は家を出た。

「いってきます」

「いってらっしゃい」

 店番をする祖母の返事だ。

 明の家から、バス停までは五分ほど歩く。バスに乗り込み、そこから20分ほど揺られると、ハザマ学園に到着する。途中の停留所で、同じ学園の生徒が何人も乗車してきた。

「おはよう」

 と挨拶し合っている生徒たちはいるが、明は親しい生徒はいないので挨拶を交わすことはない。


 学園は校門前で教師が持ち回りで毎日立っている。最初はその光景を“校則に厳しいから”と思っていたが、化け物がでる事実を知ってから認識が変わった。生徒を守るための門番なのだろう。

 昇降口で靴を片付けようとしていると、突然ぶつかってきた人物がいた。弾みで明は倒れこんだ。

「ご、ごめんなさい」

 加害者の少女が言った。

「痛いじゃない。気をつけなさいよ」

 憤りをあらわにして相手を見ると、彼女は涙を浮かべていた。ポニーテールが揺れていた。

「わざとじゃないんです」

 彼女は泣きながらその場を走り去った。

「なによ。これじゃあ、私が悪者みたいじゃない……」


 * * * * *


「それ、隣のクラスの宇佐美さんだよね。いきもの係をしているよ」

 茜が言った。

 明は今朝起きた出来事を茜と麗に話していた。三人は中庭で昼食をとっていた。

「急いでいたのかしらん」

 麗が言った。

「どうだろう。私は痛い上に、悪者みたいに扱われて、心身共に嫌な気分だよ」

「泣いていたのはなんでだろう」

 茜は首を傾げた。

「明さんの形相が怖かったのよ、きっと」

「え? なんだって?」

「冗談よ。怒らないで頂戴」

 麗はふふっと笑った。

「このー」

 と言って、明は麗の弁当からカットされたキウイフルーツをひとつ奪った。

「あら、お返し」

 麗は代わりに明の弁当からタコさんウィンナーを取った。


 その後も三人は雑談をしつつ昼食を楽しんでいると、職員室の窓から教師たちのものと思われる会話が聞こえてきた。中庭は職員室に接しているので、窓が開いていると音が漏れてくる。

「本当に誰がやったのだろうか」

 と男性の声。

「ウサギもインコもいなくなっている。毛や羽が飛び散っていたから、多分、もう……」

 と女性の声。

「一体、誰がそんなことを」

 と先ほどとは別の男性の声。

 麗と明は顔を見合わせた。泣いていたいきもの係の少女、いなくなった動物たちから得られる結論はひとつだった。

「お世話していた動物がいなくなって。泣いていたんだ」

 明がつぶやいた。


 * * * * *


 放課後、担任の鈴木に詳しい話を教えてもらった。

 今朝の段階で兎小屋やインコ小屋は酷く荒らされており、中にいた動物たちがいなくなっていたということ。昨日の夕方は小屋に異常がなく兎も存在していたことは、件の少女・宇佐美や見回りの教師が確認しており、夜に事件が発生した可能性が高いことがわかった。

「宇佐美さんの力になってあげたいなぁ」

 廊下を歩きながら、茜が言った。

「そうね」

 麗は同意した。

「やっぱ、犯人は化け物かなぁ。食っている可能性があるから、獣系モンスターかな」

「だったら、私たちが退治しないと!」

 茜がいきり立った。

「退治するには、動物たちのゲージを見張って、犯人が現れるのを待たないと」

 麗が冷静に言った。

「犯行は夜っぽいから、夜通し見張らないとだよなぁ」

 明が言った時、ちょうど宇佐美が保健室から出てきて、ぶつかりそうになった。

「危ない。また今朝の再現するところだった」

「あ、今朝はごめんなさい」

 宇佐美が消え入る声を出した。

「宇佐美さん、ちょっとお話いいかな?」

 茜が尋ねた。


 宇佐美から聞き出した内容は、概ね鈴木から教えてもらった内容と変わらなかった。

「あと、何か気づいたことはあって?」と麗。

「えっと、私が小屋に入った時は、格闘したような跡くらいしか……。あ、そういえば」

「なに?」と茜。

「兎小屋の入口近くに、黒い羽がひとつあった。もしかしたら、カラスが入ったのかも」

「他には何か気づいた点は?」

 麗がさらに問い詰めた。

「うーん、ごめんなさい。特に気づかなかった」

「そう。ありがとう」

 麗が礼を言い、

「犯人、捕まえるから! 元気だして!」

 と茜が励ました。

「ありがとう」

 宇佐美は沈痛な面持ちだ。


 * * * * *


 夜、理事長の許可を得て、三人は見張りをした。数は少なくなったものの、まだ兎とインコはいる。兎小屋は茜、インコのゲージは麗、鯉も狙われるかもという可能性を考えて池の見張りを明が担当した。

「こちら、異常なし、どーぞ」

 茜は手にもつトランシーバーに囁いた。

≪こちらも異常なし≫

≪こっちも≫

 トランシーバーを通じて麗と明から返答がきた。

 夜の学園は不気味だ。一人で立っているのは肝が冷える。山が近いので、時折、ザザザと木々が揺れる音が聞こえてくる。

 茜は強がっているものの、内心おっかなびっくりだった。

(これも、宇佐美さんのためだ)

 自分を奮い立たせていた。

「こちら、異常なし、どーぞ」

 再度、二人に連絡した刹那、

≪きゃぁ≫

 とトランシーバーから反応があった。

≪どうした≫

 こちらは明の声だ。ということは、悲鳴の主は麗だ。

「どうしたの! 麗ちゃん!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る