魔法少女の連休遊戯(後編)

 キャンプ場に戻ると、横田はBBQの準備をしていた。ぱちぱちと薪がはじける音が心地よく、茜と麗は気分が上がったが、明は意気消沈したままだった。

「明さん、落ち込まないで。さきほど、理事長には伝えておきましたので、国の特別部隊が何とかしてくれるかもしれません」

 麗の励ましの言葉に、明は「うん」とか細く返すだけだった。

「まずは、肉を焼きますね」

 横田が言った。手にはパック詰めの肉を持っていた。

「近所の精肉店から買ったものかしらん」

「ええ、そうです。これは能登牛のカルビです」

 鉄板に肉を並べると、たちまち食欲をそそる脂の匂いがしてきた。

「おなか、すいたぁ」

 茜が間抜けな声を出した。


 牛のカルビが終わると、玉ねぎなどの野菜、牛バラ豚バラと続き、豚トロが出された。

「んまーい」

 どれも美味で、茜はばたばたと手足を動かして喜んだ。

「お気に召したようで、よかったわ。愛情込めて、一所懸命作ったものだから」

 麗が言った。

 いつもなら「おじょーは作ってないだろ」と明からツッコミがあるはずだが、落ち込んでいるせいで反応が悪かった。

「明さん、いっぱい食べてね」

「うん」

 いつも以上に陰鬱な反応だ。

「次は、焼きそば、いきます」

 横田が宣言すると、

「待ってました!」

 茜は囃し立てた。

「それはなにかしら」

 麗が横田の手に取った調味料に興味を持った。

「これはオイスターソースです。やきそばの粉末を少なめにして、このオイスターソースをいれると、深みがあっておいしいですよ」

「なるほど」

「へえ」

 麗と茜が感心していると、

「ぐるる」

 唸り声が聞こえた。

「ん? 先輩、お腹鳴らした?」

「違うわ」

「ぐるる」

 先ほどよりもはっきりと唸り声が聞こえた。

 皆が一斉に声の方に振り返ると、廃校の陰から、さきほど山中で出会ったキノコの生えた化け物が出てきた。

「ぐぬるるるる」

 唸りながら突進してきた。

「ひい」

 横田は小さく悲鳴をあげ、焼きそば用のコテを落とし、その場からあたふたと離れていった。

「こっちは、おいしい、おいしい、焼きそばを食うところだよ」

 明の顔色が変わり、嬉々として変身した。

「今度は逃さない!」

 獣の横腹を蹴り、吹っ飛ばした。すぐ立ち上がり、また向かってきたので、再度腹を蹴った。

「最後だ」

 そう言って、明は右手の人差し指と中指を獣に向けた。

「フラッ〇ュストライク!」

 黒い無数の丸い塊が集まり、獣は飛散した。

「汚ねぇ花火だ」


 * * * * *


「綺麗な星空だね」

 茜がしみじみと言った。

 焼きそばを堪能した後、運動場にひかれたテント用のインナーマットに三人は並んで座っていた。

「そうね」

 麗が応えた。

「キャンプファイヤーとか花火とかもいいけど、こうやって自然の空を眺めるのも、たまにいいものだな」

 明が言った。もう落ち込んではいない。

「元気ですかー!」

 突然、茜が大声を出した。

「うぉ、びっくりした」

「先輩、元気ですか?」

「あ、ああ」

「他のお客さんもいないことですので、大声大会でもしない?」

 麗が提案した。

「私は遠慮しとく。それに、ダントツでその娘が優勝でしょ」

 明は苦笑しながら茜を見た。

「あら、私、声楽をしていたから、これでも声量には自信はありますわ。あーあー」

「私も負けない! あーーーー」

「ちょっと、わかったから、やめなさい」

 明はツッコミを入れつつ、

(この子たちなりに励まそうとしているのだな)

 と理解した。

「どどすこすこすこどどすこすこすこ」

 茜が奇妙なリズムを発しながら踊り始めた。

(いや、キャンプ場にきてハイになっているだけだな)

 明は思い直した。

「バブちゅうにゅうー! ばぶばぶー!」

「よっ! バブ名人」

 麗が謎の合いの手を入れた。

(さっきのBBQで、もしかして、毒キノコでも食べた!?)

「よーい」

 茜はクラウンチングスタートの姿勢をした。

「ドン小西」

 走るかと思ったが、そのまま顎に手を当てた。

「疲れる…」

 明は呆れた。


「ところでさ」

 二人が静かになったところで、明は疑問に思っていたことを口にした。

「おじょーは、こんな辺鄙なとこのテントで寝泊まりできるの? トイレもお世辞にも綺麗とはいえないし……」

「それもキャンプの醍醐味ですわ」

 と言って、麗は立ち上がった。

「茜ちゃんと明さんは、どうぞテントを広々と使って寝てくださいな」

 麗はクールビューティに笑った。

「え、麗ちゃんはどうするの?」

「私は、問題ありません。キャンプを満喫する就寝をしますので」

「まんきつ? 漫画喫茶でも行くの?」

「こんな田舎にないだろ」

 その時、どこかに消えていた横田が戻ってきた。

「お嬢様。用意できました」

 麗は颯爽と運動場入口に駐車されている大型ワゴンタイプの車に近づいた。

「いや、あんただけキャンピングカーで寝るんかい!」


 協議の結果、三人ともキャンピングカーで寝ることになった。

 キッチンシンクもトイレも揃っており、ポップアップルーフを使用すれば、三人で寝るには十分のスペースがあった。

「生娘三人だから」

 という理由で横田は車を追い出され、彼のみ蚊と格闘しながらテントで夜を過ごした。

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