第二章

魔法少女とリボン(前編)

 昼休み、茜がニコニコ笑顔で麗に近づいてきた。

「じゃーん、これ、なんだと思う?」

 麗の眼前にメモ用紙を見せびらかした。

日向野明ひがのあかり、住所はT県O市〇×1丁目……誰?」

「ほら、前話していた、魔法研究会のたった一人のメンバーの名前と住所だよ!さっき、教頭先生に頼んで聞いてきたの」

「ああ、例の引きこもりの」

「早速、今日の放課後、会いに行こうと思う!」

「あら、それなら一緒に行きましょう。それにしても……」

 麗はふふっと笑い、言った。

「生徒とはいえ、こんなにも気軽に個人情報を教えるなんて、この学園の危機管理はどうなっているのかしらん」


 放課後、お迎えの黒のベンツに、麗と茜は乗り込んだ。日向野明の自宅は、学園から約二キロメートルの距離にある。

 道中、徒歩や自転車通学の同級生を何人か追い抜いていた。

「あ、あの子」

 茜が自転車のペダルを懸命にこいでいる女子生徒を指差した。

「たしか、いきもの係の子だよ。学園の兎小屋とか掃除していた」

「へえ」

「一度話したことがあるんだけど、お父さんは獣医やっているんだって、すごいよね」

 茜は熱を帯びた口調だが、

「こんな田舎でも、獣医って儲かるのかしら」

 麗は冷静だった。


 日向野明の家に到着した。

 昔ながらの古本屋のようだ。新築住宅に囲まれているので、そこだけタイムスリップしたかのような違和感がある。

「すみませーん」

 と茜が大きめの声を出すと、

「はいはい」

 と奥から老人のしわがれた声の返事がきた。少し腰の曲がった七十代と思われる女性が出てきた。

「どんな御用ですか?」

「あのー、あかりさんはいらっしゃいますか?」

「ああ、明のお友達ね。どうぞ」

 すんなりと家に入れてくれ、「二階の奥の部屋じゃ」と教えてくれた。


 急な階段を上ると、まっすぐ伸びた廊下の奥に部屋のドアがあった。

 茜がトントンと軽くノックし、数秒待ったが反応はない。再び、強めにトントンとノックをするが、またしても反応はない。

「いないのかな」

 三度、今度は更に強めに茜がノックした。

「もしもーし、いますかー?」

「う、うるさいなぁ」

 中から陰鬱な声が聞こえてきた。

「あかり先輩ですかぁ?」

 茜が尋ねると、ドアが少し開き、ボサボサの黒髪の少女が睨みつけてきた。

「誰よ。あなたたち」

 茜の前に麗が割込み、言う。

「初めまして。私は五月女麗と言います。こちらは小日向茜です」

「どうも、先輩!」

 明は不審げに二人をじろじろと見た。服は制服のままなので、学園の者であることはわかるはずだ。

「入ってよろしいかしら?」

「その前に、待って」

 明は奥に引っ込むと、なにやらスプレーを持ってきた。茜は顔にかけられると身構えたが、違った。

「これで手を除菌してから入って」

 麗と茜は交互にスプレーを手に吹きかけ、明に渡した。すると、「ここも」と言って、ドアノブにスプレーをかけた。


「それで、何の用よ」

 部屋は六畳で、南側の窓近くにベッド、北側にテレビが設置してある。茜と麗はそのベッドとテレビの間の床に座り、明はベッドの上に座った。さっきまで寝ていたのか、パジャマのままである。

「えっと、実は先輩に用事が」

「先輩って呼ぶの、やめてくれない? 私、留年して同じ一年生なのだから」

「じゃあ、あかりちゃん!」

「……先輩で、いいわ」

「えっと、先輩が魔法研究会のメンバーと聞いて、来ました。よければ、私も入れてくれないでしょうか」

「入るもなにも、私はただの幽霊部員。引きこもっているから、幽霊ではなく隠居部員ね」

「一緒にやりましょう。二人だと楽しいと思う!」

 茜は無邪気な笑顔を見せるが、明は変わらず陰鬱な表情のままだ。

「私は学校に行かない。隣のお友達と一緒に入会すれば?」

「え、でも」

「とにかく、もう帰って」


 明の部屋を退室し、階段を降りた。

「とりつく島もないわね」

 と麗が嘆息した。

「とりのしま? 美味しそう。焼き鳥食べたい」

 茜はジュルリと涎をたらしそうだ。

「どうだった?」

 明のお婆さんが声をかけてきた。

「まともに話を聞いてくれる感じではなかったです」

「やはりか……」

「あのお」

 麗が聞く。

「差し出がましいようですが、何故、明さんは引きこもったのでしょうか?」

「三年前に明の母親は離婚してしまって、今は、ワシと母親と明の三人暮らしなんじゃ。去年のいま頃じゃったかのお、どうやら見てしまったようで」

「妖怪でも見たのですか?」と茜。

「はは。妖怪のほうが、まだよかったのぉ。見たのは、父親が別の女性と歩いているとこじゃ。そして、その隣には明と同い年くらいの女の子がいての。とても仲睦まじい親子三人に見えたようで」

 茜と麗は神妙な面持ちになり、しばらく沈黙の時が流れた。


 突然、二階からどたんばたんと激しい物音と女性の悲鳴が聞こえた。

「おや、ゴキブリでも出たのかの」

 お婆さんは呑気な声を出したが、茜と麗は血相を変えて階段を駆け上がった。

 部屋のドアは半開きになっていて、中が見えた。床で明は尻餅をついており、視線の先のテレビの傍らに、異形のものがいた。

 身長は一メートルほどで、後ろ姿は人間のようにみえるが、頭の上に大きな口があり、本来口のある場所には黒く太いツノが生えていた。

「おじさまの嘘つき! 学園から離れていても化け物は出るじゃない!」

 麗は守るように明に腕を回して抱きつき、茜は化け物を牽制するように間に入った。明はガタガタと震えていた。

「どうしよう! 変身できない」

 茜が叫んだ。

「学園から離れていると変身できないみたい」

 麗が答えた。

 すぐさま、二人はツノで吹き飛ばされた。したたかに壁にあたり、腰を痛めた。明は意識が遠のいていった。


『どうも、謎の声です』

(誰ですか?)

『謎ですので、教えません。とりあえず、ちゃちゃっと変身しちゃってください』

(え、なにそれ)

『魔法戦士になるのです』

(いやです)

『いいから、戦いなさい』


 刹那、不思議な暗いオーラが明を包み込んでいった。

 明の髪は黒色のままだが、頭に大きなリボンがついた。着ていたパジャマは黒と紫を基調としたコスチュームに変わっていた。人生で初めて履く、ふわふわとしたスカートだ。


「なにこれ」

「先輩が変身した!」

「どうして!?」

 三人は同時に驚きの声をあげた。

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