魔法少女と学園の謎(後編)

 掛け軸の裏はうす暗く長い階段になっていた。

「足元が見えにくいので、気をつけたまえ」

 理事長、麗、茜の並びで階段を下っていく。黙々と階段を歩き、会話はない。三人の足跡が響いている。

 五十段ほど下ったあたりで、扉があった。理事長がスマートフォンを取り出し、扉に据え付けられた機械にかざした。

 ピピッと音が鳴り、ドアのロックが外れる音がした。


 扉の中は、通路になっていた。通路を十メートルほど進むと、駅の自動改札のようなゲートがあり、傍に警備員らしき人物が立っていた。

「ご苦労様。通っていいかな?」

 理事長が尋ねると、警備員がリモートコントローラらしきものを操作し、「どうぞ」と促した。

「ありがとう」

「あのおじさま」

 理事長の後ろを小走りについていきながら、麗は言う。

「ここは何の施設ですか?」

「それは後で説明する」


 ガラス張りの部屋で、理事長は立ち止まった。重厚な鉄のドアがあり、少し待つと、中から眼鏡をかけた女性が招き入れてくれた。

 理事長に続き、麗と茜は緊張の面持ちで中に入る。

 部屋は研究室らしく、白衣をきた男女がビーカーやモニターなどと睨めっこしている。部屋には六畳ほどのガラス張りの空間があり、そこでは雲のようなモヤモヤとしたものが浮いていて、時折雷のような稲光があった。

「ここは何だと思う?」

 理事長が麗と茜の顔を交互に見た。

 茜は「うーん」と首を捻り、麗は「何かの研究施設」と答えた。

「研究は研究だが、何を研究していると思う?」

(おじさま、いつもと様子が違って、質問が多いわね)

 と麗が思っている刹那、茜が口を開いた。

「雲の研究!」

 理事長は「残念。違う」と言うと、部屋の片隅にある本棚に行き、本をもって戻ってきた。

「麗は、この本を読んだことはあるかい?」


 麗は渡された本の表紙を見た。

 ≪パラレルワールド・ラブストーリー≫と書いてある。作者は東野圭吾だ。

「お父さんの書斎にあったのを、一度読んだことはあるわ」

「そうか。流石、読書家の麗ちゃんだ」

「この本が、なんだっていうの?」

 麗は当然の疑問をもった。回りくどいせいか、少し苛立っていた。

「その本と同じさ。この研究室は、パラレルワールドを主題にしているのだよ」

「パラレルワールド!」

 麗はこぼれそうなくらい目を見開き、茜は

「ぱられりゅわーりゅど?」

 と言葉の意味がわかっていないようだ。

「パラレルワールドはね、簡単にいうと、”あの時、こうしていれば人生変わったかも”という”もしも”の世界のことだよ。こことは似ている世界だけど、途中で分岐している世界なのだ」

 茜は殊勝にうんうんと頷いているが、おそらく理解はしていない。

「パラレルワールドがテーマ? 本の研究でもしているの?」

「違う」

 理事長は首を振り、ゆるりとガラス張りの空間の前に立った。

「ここは、パラレルワールドそのものを観測する研究室なのだよ」

「えっ! そんな荒唐無稽な」

 麗が驚きの声をあげた。

「事実だよ。ここは、今の世界とは違う、いくつもあるはずのパラレルワールドを観測しようとしている研究室だ。そして、そのパラレルワールドによって、何ができるか、どう利用できるかなど、色々と試している」

「……」

 麗は黙って聞いていた。茜はポカーンとしている。

「学園は隠れ蓑で、本来はそのパラレルワールドを研究するために作られた施設だ。名称はプロジェクトφだ」

「それと、魔法や化け物がどう関係して」

「魑魅魍魎が現れ、君たちが魔法少女に変身するのは、この研究施設が原因ではないかと考えられる」


 * * * * *

 

 理事長の「一旦、上に戻ろう」という提案に従い、三人は理事長室に戻った。再び、横並びにソファーに座り、対面で理事長が座った。

「あの、おじさま。それなら研究をやめればいいのでは?大きな被害が出る前に」

 紅茶を一口した後、麗が言った。

「そうはいかないのだよ」

 理事長は口髭を触りながら言う。

「麗ちゃんは、林元首相を知っているかい?」

「ええ。現在は引退しておりますが、I県で国会議員をしていた方ですね」

「林一族と我が家は付き合いが深くてね。戦後からお世話になっている。その林元首相が、極秘に始めたプロジェクトなのだよ」

「え、ということは」

「これは、国が動いている一大プロジェクトだよ。いわば、国家機密」

 理事長はコーヒーを啜った。

「私の判断で中止にできるものではない。もちろん、そのようなプロジェクトがあることも公言できない。たとえ、妖怪やお化けの類が出たとしてもね」

「なるほど。では、原因を追究してなくすことは?」

 麗が尋ねると、理事長は肩を竦めた。茜は話についていけないらしく、大きな欠伸をしていた。

「観測するためには、二次的なパラレルワールド空間を生成する必要がある。そのため、パラレルワールドの歪みか何かが作用して、発生していると推測できる」

「つまり……?」

「つまり、研究施設があるかぎり、魔法も魑魅魍魎もなくならないし、研究は止めることもできないというわけだ」

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