小話(クレア)

 燦々なお天道様の下、木々の間に紐が張られ、そこに干された洗濯物が小風になびいている。

 洗濯を終えたロイルは岩場に座って休憩中だ。膝上には当然のようにユノがいて、こくりこくりと船を漕いでいる。ロイルの頬には赤く手形がついている。それを為したシンシアはあちらの木陰で本を読んでいる。彼女のほっぺたは若干ふくらんでいるからまだ怒っているのかもしれない。


 さて、最後の一人、クレアはというと。


「突け!突け!叩きつけ!」


 バッシャーン!と川の水しぶきが盛大に上がった。


「叩け!叩け!叩け!再び、突け!」


 バッシャーン!バッシャーン!とあちこちで水しぶきが上がっている。


 川辺には兵士ユニット(歩兵)が20人、横一列に並んでおり、クレアの「突け」の号令で手に持つ槍を前に突き出し、「叩け」の号令で槍を川面に叩きつける。彼女たちはクレアの号令に黙々と従ってはいるものの、よく見れば、槍の扱いは怪しく、その腕前は素人に毛が生えた程度だろう。ロイルが言うところでは「訓練度」というのが足りないらしい。だから、クレアは暇を見つけては彼女たちを訓練していた。兵士に訓練を積ませることはクレアの得意とすることだった(※クレアは特技「訓練」を持っている)。


 クレアがしばし腕を組んで黙り込んだ。

 それを見たロイルが声をかける。


「クレア、兵士ユニットに何か問題があったか?」

「ん、ああ、ロイル殿。彼女たち自体には何の問題もない。私の号令に従ってくれるのは有り難いことだ」

「それは普通のことでは?」

「それがそうでもない。隊を率いる上で苦労するのはいかに兵士に規律を守らせるかだ。特に私は女だからな、苦労した。軍学校の武官コースでは実地訓練が何度もあったが、私は女だということでナメられるのだ。兵士たちは隊列を乱すし、くっちゃべるし、あまつさえ私をナンパする者もいる。まあ、そういう輩は鉄拳制裁で身の程を分からせてやるのだがな、ふふふ」


 クレアが暗い笑みを浮かべる。

 相当闇が深そうなので、ロイルはこの話題には触れないようにしようと決意した。なので、話題を元に戻す。


「じゃあ、さっき何を考えていたんだ?」

「いやな、槍の長さが短いと思ってな。もっと長ければ、叩きつけるだけで威力があるのだが……」


 兵士ユニット(歩兵)の身長は160cmほど。槍の長さは彼女たちの背丈より大きく2m弱。

 ロイルはそれらを確認して「なるほど」と頷いた後、言う。


「長槍兵を使えばいいだけでは?」

「……あるのか?」

「もちろん、あるぞ?なんで逆にないと思った?兵士ユニットの兵種が歩兵なだけないだろ」

「先に言えっ。……待て、ということは弓兵は?」

「あるぞ」

「……騎兵は?」

「あるぞ」

「だから、先に言えっ!」


 ぷりぷりとするクレアに急かされてロイルは兵士ユニットを生成していく。そして、歩兵を含めたそれぞれのステータスを改めて教えていく。


+――+――+――+

 兵種:歩兵

 攻撃:B、防御:B、移動:C、射程:――

 訓練度:8

+――+――+――+


+――+――+――+

 兵種:長槍兵

 攻撃:A、防御:C、移動:D、射程:――

 訓練度:0

+――+――+――+


+――+――+――+

 兵種:弓兵

 攻撃:B、防御:B、移動:C、射程:B

 訓練度:0

+――+――+――+


+――+――+――+

 兵種:騎兵

 攻撃:B、防御:C、移動:A、射程:――

 訓練度:0

+――+――+――+


「――と、こんなところだな」

「理解した。理解はしたが、はぁぁぁぁ……。私は歩兵しかいないと思っていたのだぞ?どれだけ野戦の戦術で頭を悩ませていたことか」

「クレアは姫ユニットのくせして帝国軍将官の常識に疎すぎるな」

「そんな常識はないっ!」


 クレアはうがーっと吠えるが、ロイルは不思議そうに首をひねるのみ。


 クレアはがっくり肩を落としてから、今一度、兵士ユニットを見回した。歩兵も、長槍兵も、弓兵も、騎兵も、直立不動で指示を待っている。彼女たちは狐面を被り無言を貫いている。

 それを見たクレアが顎に手をあてる。


「だが、しかし、問題がないというわけでもないか」

「何かあったか?」

「彼女たちが一言も喋らないというのがな。掛け声くらいはして欲しい。掛け声は味方の士気高揚もあるが、敵を怯えさせ士気をくじく役割もある。その辺が問題といえば、問題だ」

「いや、兵士ユニットは掛け声を上げるぞ?」

「先に言え――いや、いい。とにかく、掛け声は発するのだな?」

「ああ」


 クレアが兵士ユニットたちの前へ出る。


「掛け声!」


「「「「「こーん!!!!」」」」」


 彼女たちは高らかに鳴いた。


「……ロイル殿、これは?」

「兵士ユニット、別名『お狐隊』の掛け声だが?」

「これでどうやって敵の士気をくじくのだ!」

「俺たちはお狐隊の『こーん』ボイスで、しょっちゅう萌え死んでいたんだ。だから、うん、きっと効果はあるんじゃないか?」


 クレアは額に手を当てて天を見上げた。

 そんな彼女の様子を見ていたロイルはふと何かを思いついたようでニヤリと悪い笑みを浮かべる。


「なあ、クレア。お狐隊の『こーん』ボイスは敵の士気をくじくにはイマイチかもしれないが、味方の士気高揚という面では意味があるんだ」

「む?そうなのか?」

「ああ、とりわけ隊長の姫ユニットが『こーん』と声を上げれば、部隊全体にバフが、つまり、攻撃力が上がるんだ」

「……その隊長の姫ユニットというのは、もしかして、私か?」

「そうだ。さあ、クレア。『こーん』と言え」

「そ、それはさすがに恥ずかしい……だが、勝率が上がると思えば……よし、『こーん』と発すればいいんだな」


 クレアは兵士ユニット(歩兵)に指示を出した。再び20人が川辺に横一列に並ぶ。そして訓練を再開する。


「突け!突け!叩きつけ!――こーん!!」

「「「「「こーん!!!」」」」


「叩け!叩け!叩け!再び、突け!――こーん!!」

「「「「「こーん!!!」」」」


 クレアと彼女たちは高らかに鳴いた。

 バッシャーン!バッシャーン!と上がる水しぶきを見て、クレアは首をひねった。中断し、ロイルの方へ振り返る。


「なあ、ロイル殿。彼女たちの槍の威力は変わらないようにみえるのだが……」


 そこでクレアは満面の笑みでガッツポーズを作るロイルを目撃する。


「ああ、同志たちよ!『タナトス戦記』の姫ユニットはボイスが未実装で、俺たちは望んでいたよなあ!姫ユニットに『こーん』って言わせたかったよなあ!ああ、同志たちよ、聞いてるか?俺はお前たちの夢を叶えてやったぜ!」


 クレアは彼の言っていることは分からなかったが、謀られたことはすぐに理解した。頬を染め、肩を震わせ、のしのしと大股で彼に歩み寄る。

 直後、ぱちんと乾いた音が川辺に響いた。


 ――こーん――Fin――

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