小話(シンシア)

 また別の日のこと。

 この日のロイルたち一行はまだ昼間のうちに野営地点を定めると、早々に準備に取りかかった。ユノとクレアは兵士ユニット(歩兵)を数人、率いて周囲に不審人物がいないか警戒に行った。

 残ったロイルとシンシアはというと、たらいと衣類の山を抱えている。


「さて、さっそくやるとするか」

「ふぁい」

「むちゃくちゃ嫌そうじゃねえか……」


 ロイルが士気の上がらないシンシアの背中を押すようにして歩かせ、川辺にやってくると、洗濯を始める。今日の天気は快晴。絶好の洗濯日和であった。だが、石鹸があるとはいえ、手もみ洗いは重労働である。2人は額に泡をつけながら、せっせと手を動かす。


 ロイルはシンシアの様子を見て感心したようにうなずく。


「シンシアって洗濯はできるんだな」

「ロイルさん……私のことをなんだと思ってるんですか。実家ではそのくらいのお手伝いはやってましたよ」

「そりゃそうか」

「でも、軍学校の寮が恋しいですねー。毎日の食事だけでなく、洗濯までしてもらってましたから。ロイルさんは寮ではないんでしたっけ?」

「俺は帝都出身だからアパートを借りていたな」


「へー」とシンシアは気のない返事をしてから、そばで護衛中の兵士ユニットに目をとめる。白い狐面を被り、手には槍を持って、直立不動で立っている。


「彼女たちが洗濯を手伝ってくれたら嬉しいんですけど」

「兵士ユニットに何を求めてるんだか。戦う以外のことが出来たらゲームバランスが崩壊するだろうが」

「いや、十二分に崩壊しているんですけどね?」


 ロイルが言う「ゲーム」とシンシアが考える「ゲーム」では意味が異なっているが、それはさておき、話は進んでいく。


 シンシアがロイルへジト目を向けた後、ため息をつく。


「なんですか、『1金で歩兵を1人生成できる』って。『金』なんて単位、聞いたことありませんよ」

「イリアス帝国貨幣に直すと、大銀貨5枚のことだな。ちょっと分かりにくいな」

「いや、そういう問題じゃなくてですね、大銀貨5枚というのは一般的な平民の月収に当たります」

「合ってるじゃないか。兵士ユニット(歩兵)は手持ちの残高がないと1ヶ月で消えるんだから」

「そうじゃなくて!たった大銀貨5枚ぽっちで、1ヶ月24時間、飲まず食わずでこちらの指示に従順な兵士をほいほい作れるってことが、おかしいんですよ!ロイルさんに比べたら、まだユノさんの方が常識の範囲内の存在ですよ!」

「なんでだよ。ユノみたいなバグキャラよりも、俺の方が常識っつーか、普通の帝国軍将官だろ」

「あなたのどこが普通なんですか!!」


 シンシアはむきーっと腕をふるうが、平然と洗濯を続けるロイルを見て諦めたのか、もう一度、ため息をつくと、泡だらけのたらいの水を取り替えて衣類のすすぎをする。


「でも、まあ、よかったですよ。私は当初の目的が果たせそうで。コペル攻略はどのくらいの戦力で当たるんですか」

「馬車とかその他諸々を買って残高が減ったからなー、1200金はあるが、その後の領地の内政に使うことを考えたら、700金程度か」

「つまり、700人ってことですね?その人数をクレアさんが率いるなら勝機は十分でしょう。そして、その後は私の出番。コペルの内政が今から楽しみです。ぬふふふふ……」

「うわあ、気持ち悪い笑み」

「なっ!乙女に向かって気持ち悪いとは何事ですか!」

「いや、だってなあ――って、シンシア!おい、流れていってるぞ!」

「へ?……あ!クレアさんの紐パンが!」


 川の波間に白いそれがぷかりと浮いているのが見えた。


「待って!」

「シンシア、お前が待て!俺が取りに行くから!」


 ロイルの忠告を聞いてないシンシアが慌てて白いそれを追いかける。そして案の定、川底の苔に足を滑らせる。


「きゃっ」

「あぶねえっ」


 ロイルが間一髪で転倒したシンシアをかばったものの、2人はもつれ合うようにして倒れ込んだ。水しぶきが勢いよく上がる。幸いにも水深は浅く、ロイルは背中を軽く打っただけ。彼にかばわれたシンシアは傷ひとつ負わなかった。


「あの……ロイルさん……」

「ああ、なんだ?」

「まずは、助けてくれてありがとうございます」

「気にするな。シンシアが無事で良かった」

「それで、ですね……」

「ん?どうした?」

「先程からロイルさんはどこを見ていらっしゃるんですか?」

「どこって、そりゃあ……」


 ロイルの視線の先では、彼の腹の上に馬乗りになったシンシアが頬を赤く染めて睨んでいた。シンシアは腕で胸の辺りを隠している。濡れたシャツが肌にぴったりひっついており、下着の色と形の良いふくらみがあらわとなっている。


「おっぱ――」

「言わなくていいですっ!言わなくても分かってますっ!それより、目をそらすとかしてくださいっ!」

「ついつい、な。『タナトス戦記』はR18指定ではなかったらから、ガッツリなエロはなかったが、えっちなイベントはあったんだ。姫ユニットの容姿ってランダム生成されるだろ?その辺の差分がしっかりしていて、今考えてもやっぱりあの作品は名作――」

「わけ分からないことばかり言ってぇっ!ロイルさんのバカぁっ!」


 ぱちん、と乾いた音が川辺に響いた。


 ――お約束――Fin――


(作者注)

 銀貨1枚=3000円

 大銀貨1枚=銀貨10枚

 金貨1枚=大銀貨10枚

 1金=大銀貨5枚=15万円

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