小話(ユノ)

 夜がすっかり更けた。

 ロイルたちは夜番を兵士ユニットに任せて眠りについていた。


「……ロイル、ロイル」

「はっ!……はぁ、はぁ、はぁ」


 ユノは今日もロイルの腕に包まれて横になっていたのだが、彼がうなされているのに気づいて揺すって起こした。

 ロイルは起き上がり額に手を当ててみると、大汗をかいていたのでそれを袖でぬぐう。


「……何か、のむ?」

「すまない、頼めるか」

「……水、ワイン、シードル」

「ワインを」

「……ん、待ってて」


 ユノは馬車の中に入っていく。

 ロイルは近くにいたクレアとシンシアを起こさぬように離れると、かまどの前に移動し、消えかかっていた火に薪をくべる。

 ユノが戻ってきてコップをロイルに手渡すと、彼の膝上に座った。


 2人は無言のまま、ぱちりぱちりとはぜる火を見つめる。


 先に静寂を破ったのはユノだった。


「……また、悪夢?」

「ああ……」


 ロイルはここ最近、悪夢にうなされていた。

 それは先の盗賊退治の後からだった。

 ロイルが人殺しに忌避感を抱いた――というわけではない。彼にとってこの世界はゲームの中だ。一応、現実だと受け入れてはいるが、まだまだゲームの感覚は抜けきらない。ゆえに、盗賊など臨時収入の財布でしかない。盗賊の死体を見ても吐くことはなく眉をしかめるだけだった。そこには転生前のロイルが軍学校時代にとっくに人殺しを経験済みで、その記憶を引き継いでいることも大きい。

 ロイルが罪悪感を抱いたとすれば、それは膝上の少女に対してだった。


「ユノ、ごめんな」

「……ん?なにが?」

「お前に人を殺させてしまった」


 ロイルは彼女に指示して盗賊の首領を屠った場面を思い出し、コップのワインをあおる。


「ユノ、お前はこの世界のバグだ。三国志なら呂布で、戦国時代なら本多忠勝だ。ユノという最強の姫ユニットがいるから俺は『タナトス戦記』の世界を楽しめる。ああ、そうだ、俺は楽しんでいるんだ。コペルを支配するのを、そこから領土を広げていくのを、いずれ全国統一するのを。俺は俺の楽しみのために、お前の手を血で汚してしまった」


 ロイルは少女の体に腕をまわし、彼女の手のひらをつかむ。


「何やってるんだろうな、10才そこらの女の子に人殺しをさせて」


 ロイルはそう吐露してまたコップをあおった。

 ユノは彼の手をにぎにぎと弄びながら。


「……ロイルの手、あたたかい」

「そうか?」

「……ん、あたたかい」


 そして、ユノは顔を上げ、自分にぬくもりをくれる青年を見上げる。


「……ユノはロイルの剣になれて、ずっといっしょで、幸せ」

「幸せ、なんだろうか……」


 いまだ思い悩む彼の頬に、ユノは手をあてると、顔を近づける。そっと唇を触れ合わせる。


「……ユノの幸せ、つたわった?」

「ははっ、ませガキさんめ」


 ロイルが頭をなでると、ユノは嬉しそうに目を細める。

 少ししてから、2人は再び眠りにつく。


 その日、ロイルは悪夢を見なかった。


 ――悪夢を祓うおまじない――Fin――

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