小話(ユノ)

 ユノは孤児である。

 両親の記憶はない。物心ついた時にはすでに外にひとりでいた。

 そんな子供はここ、イリアス帝国の帝都では珍しくない。

 皇帝がおわす帝都はきらびやかな街並みが広がっているが、光が届かない裏側では、孤児たちが常に飢えに苦しんでいる。


 だが、ユノは特別だった。

 他の孤児たちが衰弱死や病死していく中で、ユノは栄養失調からくる不健康はあったものの、決定的に弱ることはなかった。


 また、ユノの身体能力は異常極まりなかった。


「ぐぇっ、あ゛ぁ゛、俺の腕がぁ゛」

「なんだ、こいつ!なんなんだっ、こいつはっ!」

「ひぇー、悪魔だ!悪魔が出たぞーっ!」


 ユノは汚れていても美しい見た目を持っていた。

 10才そこそこの未成熟の体を我が物にしようと、男たちが情欲のこもった目で手を伸ばしてくるが、ユノはそれが不快で気持ち悪かったから、そのことごとくを握りつぶしてきた。

 いつしか、彼女は「悪魔」と恐れられるようになった。

 本来は助け合うべき同じ境遇の孤児でさえも彼女には近づかなくなっていった。


 ユノは今日もひとりで残飯を漁る。

 そこは酒場の裏道に置いてあったゴミ箱だった。

 野菜くずや生肉なんかを手当たり次第に口に入れる。味なんて気にしたことはない。腹が膨れればなんでもよかった。

 酒場からはにぎやかな音があふれてくる。

 楽器の調べ、踊り子を囃し立てる声、仲間うちで騒ぐ声……。

 ユノの目に涙がにじんでくる。

 なぜ、自分が泣いているか分からないが、我慢できなくなったユノは逃げるようにしてその場から離れた。


 しばらく経って。

 ユノにはお気に入りの場所ができた。

 そこは帝国軍学校。

 軍服を着た若者が大勢いるし、警備員の目もそこそこあるが、ユノにしてみれば関係ない。白昼堂々と忍び込み、周囲の視線がなくなった隙に、柔軟な四肢を活かして、物影から物影へと移動する。


 やってきたのは食堂裏だった。

 ここのゴミ箱には腐ってない残飯が山ほどあった。

 いくら体が丈夫なユノでも腐っている物を食べれば普通に腹を壊す。

 数日後には快調するからやはり普通とは言えないかもしれないが。


 ユノは残飯に集中するあまり周囲への警戒がおろそかになっていた。


「お?」


 食堂裏に現れた青年とばっちり目があった。

 ユノには自分がいけないことをしているという自覚があった。これまでにも何度も怒鳴られたことがあったから。

 だから、この時も残飯を放り捨てて逃げようとした。


「待て!」


 なぜ、その言葉通り足を止めたのかは分からない。

 怒りの感情がこもってなかったからかもしれない。


 青年は硬直したユノの前に回り込むと、目線を合わせるためしゃがみこんだ。頭から爪先までまじまじと見つめる。

 青年はシワ一つない軍服を着ていて小綺麗にしていた。ユノは自分の汚れ具合を思い出し、頬が熱くなる。


 青年がぼそりとつぶやく。


「ゲーマーとしてマップを埋めていたら、偶然、姫ユニットを見つけてしまった俺の今の気持ちを30文字以内で述べよ」

「……?」

「ああ、ただの独り言だ、気にするな。えっと、名前はユノか?」

「……っ!」

「って、おいおい、なんだこのステータスは。『特技』の数も『武力』の数値もおかしいだろ。えぇ?最初に見つけた姫ユニットが盛大にバグってるんだが?なんで?」


 青年がぶつぶつと言っているが、ユノにしてみればそれどころではなかった。

 両親の記憶さえない彼女の魂に深く刻まれた「ユノ」という彼女を指し示す2文字を――「悪魔」と恐れられるばかりで、誰も呼んでくれなかった2文字を、この青年は呼んでくれたのだ。心が震えた。もう一度、呼んでほしいと思った。


「是非とも配下にしたいところだが、こういう時、『説得』コマンドが出て契約金とかで釣るんだが、ユノは孤児ってやつだよな?金より、飯の方がいいのか?」

「……ユノってっ、ユノって、呼んだっ」

「え?お前の名前はユノだよな?合ってるよな?」

「……合ってるっ!」

「ちなみに、俺の名前はさとなか――じゃなかった、ロイルだ。よろしく」


 青年が気軽に手を差し出してくる。

 他の男たちのような不快な感じは一切なく、だから、ユノは自然と青年の手を握った。

 あたたかった。このぬくもりをもっと感じたいと思った。


「なあ、ユノ。俺が朝昼晩、お前の飯を三食用意してやるから、俺の配下にならないか?」

「……?」

「配下って言い方が難しいのか?うーん、ユノは孤児だし、一緒に暮らさないか、ってことだな」

「……いっしょ?ロイルと、いっしょ?」

「嫌か?嫌なら宿屋を借りるくらいの金はあるが」

「……ロイルといっしょがいいっ!」

「おぉ、やったぜ。なんか知らんけど、バグってる姫ユニットをゲットしたぜ」


 青年はユノが汚れているのも構わず抱き上げると、上機嫌に歩き出す。

 ユノの体を青年の腕が包む。

 ぬくもりが伝わってくると同時に、ユノ自身、自分の体がこんなにも凍えていたことを初めて知った。

 涙がにじんで、一度、流れ出すと、嗚咽が止まらなかった。


「うぐぅ、あぁぁぁぁ……」

「はっはっはー、三食、食べられることがそんなに嬉しかったか。お兄さんが腹いっぱい食わせてやるからなー」


 ユノは彼のぬくもりを知った。

 このぬくもりを奪う敵がいるならば、彼女は神や悪鬼羅刹さえもためらわず屠るであろう。


 ――「鬼神の出会い」――Fin――

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