タナトス戦記~姫ユニットを配下にして群雄割拠の帝国で成り上がる~
あれい
帝国軍学校(1)
「タナトス戦記」という同人ゲームを知っているだろうか。
価格は3200円と、同人ゲームにしてはそこそこの値段がするが、販売数が数万本にもなった人気作である。
ゲームの舞台はタナトス大陸の西方を占める大国、イリアス帝国。
主人公はイリアス帝国の帝国軍将官の一人となって、仲間を配下にし、領地を支配し、内政をして、また仲間を配下にし、領地を支配し……と繰り返して、最終的には全国統一を目指す。
コー○ーの「信○の野望」を想像したら分かりやすいと思う。
「タナトス戦記」の最大のウリは配下が全員美女・美少女キャラの姫ユニットであること。ゲーム開始時に数千パターンの顔パーツからランダム生成され、またマップにランダム配置されるため、自分好みの姫ユニットを探すのもこのゲームの醍醐味である。
さて、なぜ唐突に「タナトス戦記」のことを語り出したかというと、俺が「タナトス戦記」の世界に転生してしまったからだ。意味がよく分からない?うん、俺もよく分かってない。
気づいた時には俺は「ロイル」という青年になっていた。
ロイルは帝国軍学校の将官コースを今年度(俺が転生した時点で30日後)に卒業する予定らしい。
最初は夢かと思ったが、もう10日目になるし、そろそろ受け入れないといけないだろう。記憶を探れば、ロイルとして生きた二十年弱を思い出すことができるが、精神の主柱は前世の俺で、だから、やっぱり転生したということなのだろう。
そんなゲームの世界に突然放り込まれた俺が今、何をしているかというと、軍学校内の中庭のベンチに座ってぼけーっと日向ぼっこしている。今日は快晴で、カラッとした青空が広がっている。
念のために言っておくと、「タナトス戦記」というタイトルからも分かる通り、この世界は戦争が身近にある。盗賊だって出るし、蛮族は侵攻してくるし、治安も日本のように良くない。
俺がこうしてのんきでいられるのは、俺の膝上で俺と同じくぼけーっとしている少女の存在が大きい。
「ユノ」というのがその少女の名前だ。
見た目も年齢も10才そこそこでしかない。
ユノは俺が最初に配下にした姫ユニットであり、この世界のバグキャラである。ステータスが盛大にバグっていやがるのだ。
あ、ステータスの説明を先にしないとな。
帝国軍将官ならば誰でも皆、姫ユニットを直接目にすれば、対象の能力値、つまりはステータスが頭に思い浮かぶ。なぜかは知らない。ゲーム的な仕様だろ。突っ込んではいけない、いいね?
さて、ユノのステータスを紹介しておこう。
+――+――+――+
名前:ユノ
所属:ロイル軍
統率:42、武力:121、政治:23、知略:66
特技:巡察、心眼、一騎、豪傑、神速、鬼、威風、一騎当千
+――+――+――+
「タナトス戦記」をプレイしたことないやつからしたら、これのどこがバグなのか分からないだろう。
まず、「特技」の数がおかしい。通常の姫ユニットは「特技」っていうスキルを1個~3個しか持たない。
そして、「武力」の「121」がおかしい。
「統率」、「武力」、「政治」、「知略」にそれぞれ数値が割り振ってあるが、これらは能力の優秀さを表し、数字が大きければ大きいほど優れている。
数値の指標はおおよそ以下の通りになる。
「50」以下で愚鈍。
「50~70」で平凡。
「70~80」で秀才。
「80」以上で天才。
ちなみに、「タナトス戦記」を500時間以上プレイした俺が見たことのある最大値は「99」である。
ここまで説明すれば、ユノの「武力」の「121」がいかにバグってるのか分かってもらえたと思う。
「武力」は個人の戦闘能力を表すので、ユノは三国志で例えるなら呂布みたいな存在だ。つまり、俺は董卓ということか?それは嫌だな、裏切られて暗殺されてしまいそうで。
まあ、ユノに関してはその心配もないと思うが。
「ユノ」
「……ん、なに」
「そろそろ行くか」
「……ユノはロイルの剣。ロイルについていく。ずっといっしょ」
「護衛は任せたぞ」
「……ん、任せて」
俺が頭をなでてやれば、ユノは嬉しそうに目を細める。
ユノは孤児だった。
食堂裏の残飯を漁っていたから、朝昼晩の食事を約束したらころっと配下になったチョロい……無欲な娘なのだ。
俺が食事を忘れない限り、ユノは俺を裏切ることはないだろう。
こんなイージーでステータスがバグった姫ユニットを他の将官に取られなくて本当によかった。ユノが敵になっていたらと思うと、ゾッと寒気がする。
俺がベンチから立ち上がって歩き出すと、ユノがぴたりとついてくる。
「……どこ、いくの?」
「あと二十日もすれば、俺は卒業して晴れて正規の帝国軍将官になる。後のことを考えたら、新しい姫ユニットを配下にしておきたい」
「……ユノだけじゃ、だめ?」
「ダメだな。軍事と内政を任せられるやつが最低2人は必要だ」
「……んーーーーっ」
ユノが頭を俺の腹にぐりぐりと押しつけてくる。歩きながら器用だな。
まあ、ユノの気持ちは分からないでもない。
ユノと出会って一週間になるが、2人での生活は時間がゆっくり流れて心地よかった。このまま「タナトス戦記」のシナリオを放棄してしまいたいくらいに。
でも、それではいけない。
現在は帝国暦220年。
あと2年もすればイリアス帝国は動乱の時代になる。
戦争は戦火を増し、盗賊は跋扈し、蛮族は侵攻を強め、治安はさらに悪化する。
俺たちは地盤を固めてそれに備えなければならない。
ユノは確かに絶対最強の存在かもしれないが、それはあくまで個の枠内であり、大軍の前には簡単に押し負けてしまうだろう。
無双を誇った呂布でさえも曹操軍に攻められ最後には捕縛され斬首されてしまったのだから。
俺は軍学校内へと足を向けた。
新しい姫ユニットを見つけて配下とするために。
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