第2話 食事

 どういう仕組みなのかは謎だが、王妃の生首は食事を摂れるらしい。

 とった食事は首の下から出てこないのか、シャルルが尋ねると「さあ……? あっ!貴方が上手に斬ってくれたから、切り口が綺麗に塞がってるんじゃないかしら!」と明るく王妃が言うのでこの話は金輪際口にしないことになった。

斬った生首が喋っているのだ、これ以上の不思議など些細なことであろう。

 王妃の生首が首切り役人シャルルのもとにやってきたはじめの頃は

「わたくし、ブリオッシュがだいすきなの。朝はブリオッシュにかぼちゃのポタージュ、あとはオムレツにサラダ、デザートに木苺のお菓子も食べたいわ」

 とのたまった。シャルルは申し訳なさそうに、とても自分にはそんな食事は用意できないと言った。シャルルが用意できたのは、保存が効く硬いパンと、根菜のスープ、つぶしたジャガイモと干し肉を混ぜ合わせたポテトサラダに、庭で取れた木苺を鍋で煮て、どうにかジャム風に仕立てたものだった。

「どうかこれでお許しください」とシャルルが言うと王妃は目を丸くして驚いた。こんな粗末なもの、食べられないと吐き捨てられるだろうかとシャルルは身を縮めた。

「あなた、自分でお料理ができるの!?」

「えっ」

「魔法みたいにお料理ができあがったから驚いてしまったわ! すごいのね!」

 王妃は目を輝かせ、少女のように笑った……いや、本当に少女だったのだ。処刑当時、彼女はたったの16歳だったのだから。

「いただきます……あっ、自分では食べられないんだったわ……シャルル」

「は、はい。かしこまりました」

 ……こうして、シャルルは王妃の生首に食事の介助をすることが習慣となってしまった。

「とてもおいしいわ、シャルル。それにあなたとの食事はとても楽しい」

「まさか……」

 自分が陰気な男だと自覚しているシャルルは首をふるふると横にふる。行き過ぎた世辞は人を傷つけることを、この天真爛漫な王妃はご存知ないのだろう。そう思っていると、王妃はシャルルの心を見透かしたかのように言った。

「本当よ。あなたが私のために一生懸命用意してくれた食事はどんな宮廷料理よりもおいしく思うし、お城でも牢屋でも、人と会話しながら食べることがなかったから、今あなたと話しながらの食事が本当に楽しいのよ」

「………ぼ、」

「え?」

「……僕も、今まで独り身でした、ので……畏れ多くも、王妃陛下と食事を共にできることは光栄でござ、」

「シャルル」

 王妃が自分の名をピシャリと呼んだので、シャルルは肩を震わせた。

「私はもう王妃ではありません。それにあなたは、王族と食事ができるから私の食事を作ってくださるの? ……私と一緒に食事をすると楽しい、というだけではいけないのかしら?」

 王妃の言葉に、シャルルは青くなったり赤くなったりして、それから言葉を紡ぐことができなかった。


 

 

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