第552話 北の謀略⑫

 襲い来る焔に耐えかねて魔法防壁を解除し、『ルッサ』兵は四方へと逃げ出した。反撃どころか秩序だった行動すらとれず、まだ動ける者であっても火傷や熱気による呼気の損傷で這う這うの体だった。


 そして生を拾わんとしたその行動が、新たな地獄を招き入れてしまう。


「すりゃ!」


 黒豹は大剣を担ぐと、そのまま横薙ぎに。大地と平行に飛んでいく炎斬の凶器は、次々に兵らを両断していった。胴、胸、運が良ければ足が焼き切られ、生焼けの肉が散らばっていく。魔人はさらにその大剣の投擲先へ疾駆して先回りし、再度。惨劇が幾度も幾度も繰り返されていった。


「ゆ、許してくれ………下さいいいいい!」


 やがて『ルッサ』兵は、両手の指で数えられるまでになった。その残りも完全に戦意を喪失しており、半数は重傷、さらにその半数はそう長くないのが明白であった。


「うし、こんくらいでいいだろ」


 ジョウは魔人達を刻印へと戻した。かなりの魔力消費だったが、まだまだ余裕がある。さらに重要なのは、『シャナクの7児シャナク・シン』無しでも、彼一人で一軍を撃退しているという事実だ。


「よーく覚えて他の奴にも言っとけ、これからは俺が『エスセナリア家』の頭だぜ」


 かろうじてその言葉を聞き拾った兵らへ背を向けると、ジョウはごく当たり前のように仲間たちの元へ戻っていった。娘たちは恐怖と困惑に満ちつつも、この場に立ち尽くすをよしともせず、その後へ縋るように続く。その姿は、に付き従うとも、から離れるのを怖れる《妹》》のようでもあった。



「うっし、じゃあ帰ろうぜ」


「帰ろうぜじゃありません」


 咎めるクラハであったが、勢いはない。他の面々同様に、その圧倒的な力に畏怖しそれがこちらへ向くことは恐らくあるまいと理解していても、恐怖はそう拭えないのだった。それでも、しっかりと諫言できるのが丸顔少女の強さである。


「最初の一撃で良かったのです。それをあんなに」


「いや、俺も途中からそう思ったけどよ。やっちまったら仕方ねえじゃん」


 こと、少年のに対する徹底ぶりは揺らがない。まして今回は、相手方にそうならざるを得ない事情を感じさせなかった。


「それに、あっちからやってきたんだ。問題ねえだろ?」


「う~ん、まあ、そうだ………な。うん、大将、な」


 ジシルは軽くクラハの脇を小突いた。ここでやり取りしていても時間を費やすだけ、寒いままで『ルッサ』の援軍を呼ぶ危険もあった。今はともかく、『リクルチュア』へ戻るのが先だ。


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