第482話 整備⑥

「窮地を救われた者達は、キミの言葉ならしかと聞くはずだ。選別は必要であろうが、『黒龍団』への入団を条件に『疫病』を治癒する方法もある」


 ジョウが怒気を起こしたのを察し、マイアが素早く答えた。


「ゲーマン様、この件は私に任せていただけませんか? 確約はできませんが、お望みの結果に近づけはするかと」


「確約は、できないと?」


「はい、先刻も述べましたが、所詮私たちは傭兵あがり。戦場で暴れるならばともかく、総括様のような立派な軍人働きは………」


「いやいや、貴公らは実によく働いてくれているではないか。我が『リクルチュア』がどうにかやっていけてるのは、『黒龍団』あってこそだ」


「そして、それを率いるうちがあってこそなのだ」


「………マイアがそういうなら、俺もやるぜ」


「私も尽力します」


 ハレニーも頭も下げ、結局この件は『黒龍団』へ一任することで決着した。他にも、兵の募集に伴い同団の名を出すことや、『疫病』の治癒についての告知も交えるなど、兵力増強についての話し合いが続けられた。



 ジョウたちは執務室を出て、竹や木材を組み合わせたどこまでも続く廊下へ出る。夏も終わりに近いというのもあるが、熱を吸収してくれる素材のためか暑さは強くなかった。


「このバカ」


虫よけの花があちこちにあるのに、まとわりついてくる蚊はまだまだ多かった。肌に吸い付いたそれを叩き潰すついでに、マイアは一撃を少年の頭に見舞ったのだった。


「な、なにすんだよ?」


「あの態度はなんなの? 偉いさんの前で顔に出すんじゃないわよ」


 遠く、左右へ分かれる通路にいた城付きの小者がこちらを伺っているのを見て、マイアは一行の脚を動かしながらしゃべることにした。


「か、顔に出してねえよ」


「見てたのよあたしらは」


「まだまだ腹芸は不得意なようだな」


 ハレニーに言われてまたも怒りを浮かばせそうになるのを、ジョウはなんとかこらえることができた。この宝石青年の前なら、マイアの《言い分》もわかるというのに、先ほどのゲーマンたちと席を囲んでいる時には何故かできなかった。


「何度も言ってるでしょ、思ってること表に出してちゃ長生きできないって」


「けどよ、あの顔長は………」


「そりゃ楽しいことじゃないでしょうよ。でも、あそこで怒って良くなる?」


 一瞬、ジョウの足の動きが鈍る。美女の言わんことは理解できた。


「怒るのも泣くのも後回し、《今》考えるのは、どうすれば一番得かって事よ」


「わ、わかってるぜ」


「わかってないでしょ。それか、わかってても実行できてないか。この前集まってた連中の時も、あんたブチ切れて足狩ったし」


「ありゃあ………いいだろ?」


「その通りなのだ」


「やり方があったって話。脅して手駒にするとかさ」


 所謂賢いやり方だとジョウにもわかる。ゲーマンのそれも、『疫病』や罹患者を利用する点を除けば効率的であるし、何より《楽》だった。戦いにおいてはジョウも尊ぶ考え方である。


 だのに、なぜかこうして《それ》に触れると忌避感を禁じ得なかった。勝手な嗜好に違いないのだが、それを飲み込むことができない。自分でも矛盾しているし、マイアやゲーマンが正しいとわかっていてもだ。子供じみた、という拘りとも違う気がする。


「変なところで純情って言うかさ」


「わかったわかった」


「ゲーマン殿の命とあれば無視もできないし、人員は集めるとしてジシルやキラリのような傭兵団に限る方向でいこう」


「それならまあ………あんまり増やしたくないんだけどね」


 数こそ力とは重々承知だが、制御できねば意味がない。


「うちの兵はしっかり選りすぐるのだ」


 ヒャンナはまたも無視されていた。


「あ、リオウ。あいつに動いてもらおうぜ」


 マイアは久しぶりに蛙顔を思い出した。『黒龍団』所属となったが、戦い戦いでほぼ放置状態にしていたのだった。


「役に立つか?」


「顔は広いぜ。」

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