第481話 整備⑤

 ともあれ、うじうじと悩むよりも、早く杖無しで歩けるようにと回復訓練を始めたジョウだが、その矢先にプットランからマイア、ハレニー共々呼び出された。ヒャンナも当然のようについてきた。


整理整頓され、塵や誇りと無縁の簡素な執務室にはゲーマンも同席しており、何かと思えば『黒龍団』の人員拡張を命じられたのだった。


「命令であるなら実施しますが………」


「お恥ずかしながら、私達ではこれ以上の人員増加を管理しきれないと思います」


 マイア、ハレニーともしっかりと《言葉遣い》を選んで答えた。ただし、その返答は色よいものではない。


「できないのかね?」


「いえ、数を揃えるだけなら食い詰め者はごまんといます」


「しかし、お二人が望むような戦力となるかは………私達も扱える自信が………」


 ここで見栄を張っても仕方がなかった。ハレニーですらあくまで掌握できるのは数十人程度が限界、それも傭兵の繋がりであって、軍隊のように強固な組織とは言えない。数を増やしたところで遊兵を産むだけだと、二人とも理解している。


「構わない。キミたちの名で集め、あとは私たちの方へ流せばよい」


「人寄せになれと?」


「それより前に、うちの兵にするのが先なのだ」


 本来呼ばれてすらいない、かといって無視もできない能面少女に視線が刺さった。彼女は平然とそれを受け止め、尚も口を動かした。


「ここの者たちは全くなっていないのだ。領主の元へすぐさまはせ参じないとは」


「そりゃあ、お前あの………《嘘っぱち》がまだ流れてるから………『疫病』は消えちゃいねえだろ」


 ジョウによる、『シャナクの7児シャナク・シン』疑惑を用いた、『疫病』の消し去りは続いている。だが、『ヴァナスホーヴェン地方』は広大であり、『疫病』は尚も猛威を振るっていた。また、罹患したとて避難地リクルチュアへたどり着けるかという問題もあった。地方では相変わらず迫害が進み、《元凶》『エスセナリア家』への憎悪は濃い。


「そこをもう少し使えないか」


「は? 使えってのは………」


「今はただ住まわせてやってる連中を、そのまま『黒龍団』に組み込めれば良いのではないか?」


 少年が答えられなかったのは、まったく考えもしていない提案だったからだ。


 奇妙な事だが、彼にとって、『疫病』も罹患者もそれほど強く関心をもつ存在ではなかった。妹を奪い、故郷を喪失させ、『トット』も消した。それ以降も様々な悲劇を生みだしたが、ジョウが憎むのは、《それ》を利用して非道を働く連中なのだった。


 そう、保身のために妹を殺した両親、その両親を消し、そして周囲の村々に消された故郷の人々。時計塔の街で『疫病』を偽り寝床を確保していた傭兵、そうした姿こそが少年が最も忌むものだ。


 逆説的に、彼が罹患者を保護するのは、そうした行為が腹立たしいためであって、慈悲心などはそれほど強く作用していなかった。これもまた、『覇王』の現われであろうか。


「いや、でも………連中は来てねえぜ?」


「んんん?」


「だからよ、あそこで畑仕事なりなんなりしてて、傭兵やろうってうちに来たりしてねえ」


 だからこそ戦力にはなるまいと続けようとしたジョウを、ゲーマンが長い顔を撫でながら遮った。


「それはキミがそう働きかけていないからだろう」


 ゲーマンの口調には、なぜそうしないのだという叱責が込められていた。

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