第480話 整備④
その日常に刻まれた刃の傷は、少しずつ広がり痛みと出血、教訓を彼らに与えた。首都の各所で、聾となり失明させられた者が多数現れたのだ。いずれも、魔人の仕業であり、突如空から舞い降りて来た筒の少女による爆発が原因だという。すさまじい光と音を伴ったそれは、奇怪な事に対象者以外には一切の被害を与えていなかった。同じ家、同じ部屋、果ては床を同じくしていた者であろうと、当人以外には影響が残らない。
城前の大通りの一件と、その事件を結びつけるのに時間はかからなかった。矢を射かけた犯人らへの報復でなく、憂さを晴らすための暴挙であると被害者やその家族らが訴え出た。広域にわたり多数の被害が出たために、ゲーマンも無視できず激務の合間を縫って調査が行われた。
結果、被害者らは全員が行射に関わっていたと判明した。『エスセナリア家』に関することとあり、『ラギラス』からの人員派遣で尋問、懐柔、自白剤の効果を待つ
最初はヒャンナらの《意向》による改ざんを疑う向きもあったが、再三の調査でやはり事実であることが認定された。それならばなぜ、その被害者たちは態々訴え出て自らの疑惑を確定させるような真似をしたのか?
再度の調査の過程でそれも明らかになった、どうやら彼らはその事実が明るみに出ても、元領主一族への世間の反発から目こぼしがあると思っていたらしかった。
呆れた楽観主義と言わざるを得ない。『ラギラス』と同盟し、『エスセナリア家』の復興にも明言はしないが賛同する態勢をとっているゲーマンがそれを許すはずもなかった。プットランも同様で、被害届は却下され、被害者たちは拘束され裁きを待つ身となった。
当人たちと家族らは思わぬ流れに焦りながら、それでも楽観主義に縋った。ヒャンナ、そしてそれを擁する『黒龍団』へと抗議し、諦め悪く周囲を巻き込もうと目論むのだった。理でなく感情に訴えることで、都合の悪い点は包み隠さんとする浅ましい行為だ。
当然、愚行には相応の報いが待っていた。そういった真似を殊に嫌うジョウは、ヒャンナの指示を待たずに怒りと共に苛烈な制裁を下したのだった。『
その凶行自体で1割が死に、生き残った者たちも悲惨な暮らしを余儀なくされた。ゲーマンは勝手に裁きを下したジョウと『黒龍団』への非難を表明したものの、新たに発生した《被害者》らには何の行動も起こさなかった。
これは、単純に領内の管理運営に多忙を極める今新たな仕事を増やしたくないという意思と、潜在している反エスセナリア家への示威の二つを意味していた。『ラギラス』、『ルッサ』ともに同家の再興を支持している、《『疫病』を広めたなどと言う虚言》を信じ、異を唱えるのであれば当然『リクルチュア』の民とも認めない、と。
効果はてき面で、以降『リクルチュア』においてエスセナリア家への反発を、少なくとも表立って行動に移す者は絶えた。行射に関わった者は日陰にそのほとんどが自ら都を出、残った者たちも長生きはしなかった。
その後、ようやくジョウの傷が完治したものの、脚には抉られた傷が深々と残り、痛みはしばらく残ると医師から告げられた。おかげで、無痛になるまでは杖をつかねばならなくなった。ラオフ・ティグの鍛錬もしばらくはお預けだ。
バニャンに切り付けられた腕の傷もしっかり跡が残り、自ら選択した結果とはいえ、鏡に映った傷だらけの体はジョウ自身も思わず息を飲んでしまうほど惨いものなのだった。傭兵としての年季が長い他の団員らでも、これほど凄まじいのは見たことがない。
後悔よりも、後戻りが出来ないところまで来てしまったものだと少年は思った。妹の死と『疫病』以降、代々受け継がれるはずだった貧しく慎ましい農民としての生活は消え失せたのだ。俯瞰してみれば、村長に聞かされた童話の中の人物になったかのような波乱ぶりだった。
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