第479話 整備③

 足を運ぶ先は主にゲーマンやプットランの元で、時には城下町へ繰り出すこともあった。彼女なりに自前の勢力を得るために動いてはいるが、如何せん武力も財力も権力さえ乏しい現状。元領主一族への反発もあり、可憐とも言えない容姿のヒャンナは行く先々で白い眼を向けられた。


 『疫病』とその《大元》への忌避と反感は未だに強く、石を投げる者もいた。罹患者たちに宛がわれた区画も孤立が続いており、まだまだ融解は先に思える。


 ジョウは《真実を棚にあげつつ》憤りと彼女への哀れを感じないでもなかったが、日ごろの態度もあってそれほど真摯にはなり切れなかった。また、あくまで《妹》として強く思うのはカラフィナらである。


 ある日、事件が起こった。また城下町へ行くと言い出した能面少女に付き添ったジョウとサクラ、ハレニー団の兵らに矢が射かけられたのだ。


 城を出て正面の大市場に至る通り、食堂や衣料、雑貨や土産物を扱う店が並ぶそこで、白昼人々でごった返す中での凶行だった。幸いそれは狙いを大きく外れて竹を束ねてできた建物の壁や地面に刺さり、一行だけでなく周囲へも被害を及ぼさなかった。


 すぐさまに治安維持部隊に振り分けられたジシル配下の兵らがやってきたが、すでに凶手は逃げた後であった。ジョウは未だ負傷中、サクラらも追撃を警戒したため動きが鈍い。ひとまず弓は回収し、城なり新居なりに戻り身の安全を確保しようという流れになった。


「今すぐ奴らを見つけるのだ」


 ヒャンナ以外は。表情を変えぬまま、ひどく立腹したらしい彼女はジョウへと実行犯並びに黒幕の捕縛と排除を命じたのだった。恐らくは反エスセナリア家の者による凶行だろうということもあり、少年もそうするつもりだったが、少女は今すぐこの場での対処を求めた。


 その意味するところは、『シャナクの7児シャナク・シン』疑惑の召喚だ。渋るジョウに《葛藤》をもって強制させ、妹の姿をした魔人と二体の溶けた腐肉をまとった屍人を召喚させた。


 初めてそれを目にした民らは、恐れと好奇をたたえた瞳でもって、『少女趣味の小僧団ニーニャ』とやらのお手並み拝見と事の成り行きを見物するつもりのようだった。周囲の店はかき入れ時だと、軽食や飲み物の存在を大声で喧伝している。


「さ、サクラ………」


「うん、わかってるよ」


 曲刀と大蛇でもって、早速屍人の首を刎ねながらサクラは少年の護衛を請け負った。以前のような反発や不和はなく、皮肉にもそれは目の前にいるヒャンナのおかげなのだった。ハレニー団員も同様に屍人に相対する横では、魔力消耗と妹の姿に苦しみながらジョウが能面少女に毒づいた。


「あのな、そんなうまくいくかよ………こいつは戦いでしかー」


 ところが、『シャナクの7児シャナク・シン』疑惑はここでも万能の力を発揮してしまった。魔人は『突貫小僧トネール』を勝手に召喚させると、かつての再現のように『輪廻交合ナシタ』により融合、筒にそのまま妹が《はまった》かのような間抜けな姿に変じた。


ただ、笑みは微塵も浮かんでいない。そのまま上空へ浮かび上がると、一挙に飛び立っていった。目で追うことも困難なそれが幾度か繰り返されると、魔人は紋章へと戻った。傍目には何が何やら分からぬうちに《事》が終わり、醜悪な屍人と直属護衛が幾度かやり合っただけとしか見えない。


 屍人も消滅し、ぐったりした少年を抱えて城へと戻る一行と『エスセナリア家』の娘を白けた目で見送りながら、民らは暇つぶしにもならなかったと肩をすくめ、日常に戻ったのだった。

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