第478話 整備②
一方、ここまでの厚遇を敷いたのはゲーマンをしてキナッツへの処遇が誤りであったと認めざるを得なかったためだった。どれだけ正当なものであっても、個人的感情を全く無視しては思わぬところで足を掬われる羽目になる。礼を尽くさずしてなおついてくるのは誠の忠臣にあらず、奴隷であるとの言葉もあった。
そして、ここまでしても絶対の忠誠を得たとは言えなかった。確かに団員らに感謝はあれど、保証しているのが未だに存続が危ぶまれている『リクルチュア』というのが足を引っ張っていた。傭兵としてはこれ以上ない破格な扱いも、すぐにそれが当たり前になるだろう。それが人間というものだった。
今までは辛うじてジョウという少年の《好意》と、エスセナリア家との関係により踏みとどまっていたが、それもいつどう転ぶかわからない。少なくともゲーマンの目にはそう見えた。
それでも『黒龍団』を頼らねばならないのが、『南の橋』の現状であった。とにかく先代当主崩御からの大量離脱が尾を引いている、人的資源の枯渇はいかんともしがたかった。
だが、泣き言を漏らしている暇があれば、ゲーマンはひたすらに故郷を存続させんがため、身を粉にして働いた。それが先代への恩返しであるとともに、その子プットランへの義務であるとの信念が燃えていたのだった。
熱く燃え盛る信念はしかし、実態としての熱を周囲に伝播することもなく、その姿勢を知る者に畏怖の念を抱かせながらも、そうでない者にはなんらの影響も及ぼさなかった。市井に生きる者たち、あるいは橋の中枢に近いものでさえ、見ているのは足元と一寸先まで、多少優れたものでも数刻先と過ぎない。
『黒龍団』すら例外ではなかった。新たに与えられた恩恵に浸りつつ、《もしも》の際の身の振り方や不満について口々にするのが精々だった。特にジシルらは念願の《家》を手に入れたとあって、極々普通の家屋であるのに満足せず、ジョウに約束させた《ねぐら》への期待を高め、彼があれよりもこちらの方がよほど上等と言っても聞かなかった。
マイアとゼダラ、リスキルは仕立て屋に戻り忙しい日々に浸った。ハレニーは傭兵団が思わぬ形になったことに思うところはありながら、この機を存分に利用しようと隠れて動き出している。クラハらは勉学や鍛錬に打ち込み、残りの面々もそれぞれ仕事をこなしつつ、思い思いに過ごすのだった。
さて、ジョウはというと療養に専念すると言っても、ひたすらに寝続けるわけにもいかず、最初は読書、飽きては出来る範囲での鍛錬に励むのだった。警備を兼ねた世話役が交代でついたために不自由とも寂しさとも無縁だったが、その名目で怠けようとやって来るエモルらの面々の相手には辟易させられた。
しかし、最も苦痛なのは、悪夢を除けばヒャンナと過ごす時間だった。《葛藤》により離れられないのもあるが、先の戦いでジョウをより有能な《駒》とみなした少女は、護衛役と自らの力を誇示するのを兼ねて傍へ侍らせるのだった。プットランと同じ行動であったが、少年の感じる苛立ちはその比ではない。
加えて、ヒャンナは少年が負傷していることにあまり頓着しなかった。わざわざ小型の台車を作らせて、自分の移動に随行させた。団員らの助けもあって何とかついていけたものの、反発は増す一方だった。
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