31章

第477話 整備①

 それから2月ほど大きな動きはなく、ジョウは治療に専念することができた。キナッツを失った今、『リクルチュア』に攻め入れば『レンハイン』はそれほど苦労なく勝てた公算が高い。にも拘らず、軍事行動は起こされなかった。


 キナッツ軍を撃退したことで、勝算ありと見た『ルッサ』とどうにか内部体制を整えた『ラギラス』が攻撃する態度をとったためだった。さしもの『レンハイン』も、3橋を同時に相手にするとなると負けぬでも無視できぬ損害を被る可能性が高い。当主マックリー初め今こそ攻勢に出るべしと訴える者も多かったが、結局は見送られた。


 この決断は大きく『ヴァナスホーヴェン地方』の運命を変えたが、それが判明するのは少し先の未来のこととなる。


 ともかく、この《猶予》を利用してゲーマンは寝食を忘れて領内統治を軸として政務に専念した。その集中ぶりはすさまじく、自宅に帰った回数が片手の指で数えられるほどだったと伝わるほどだ。この間は、総括はもちろんあのプットランですら気を遣い彼への負担を避けていた。


 その甲斐あって、キナッツ将軍と軍の消失、エスセナリア家擁立への反発、圧倒的軍事力を有する『レンハイン』と危機に囲まれていた『南の橋』は、少なくとも領内においては中央集権とある程度の秩序維持の回復に成功したのだった。


 この出来事は『黒龍団』へも思わぬ形で波及した、直属護衛ではありつつも、キナッツ軍の代わりとして軍務につくようにと命じられたのだ。異例の措置である、強大な『シャナクの7児シャナク・シン』を有しているとはいえ、あくまでも当主が個人的に用立てただけの傭兵集団を、

すでにいる将軍総括と同等に扱うなどと。


 当然、統括他軍からの反発はあったものの、全体としては少数派だった。数を減らした軍において、もはやえり好みをしている場合ではない。ましてその功績は確かなものであり、身も蓋もないが戦力だけみれば統括軍と拮抗しているとみられていた。


 ゲーマンは総括へ《キナッツ討伐》の功として賞することでガス抜きを図るとともに、ジョウらに対してもこれまで以上の《飴》を用意した。彼らは長らく共にあった仲ではなく、あくまで偶然の結果その地位に納まっただけに過ぎない。互助関係にある以上、一方からの見返りが乏しくなれば離れるだけだ。


 給与を上げ、食事も好きな時にとれるように取り計らった。全員分の住居も別に用意し、正式な軍人としての地位を渡す一方で、軍規に服従せずとも良く、命令はプットランとゲーマン両名のみからのものに従う義務があり、かつ拒否権も存在する。また、非常時には独自の判断での行動も許される等々、傭兵上がりには破格の待遇だ。


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