第234話 お引越し⑨

「私ももらえるなら、ぜひ」


 まだ見てもいない、ナビの遺産ルーンの取り分についてのやり取りが始まりかけた時、鐘の音が館内を通して3人の耳に届いた。ジョウとクラハは当惑の後、キャコが何とも言い難い表情を浮かべているのを認め、さらに当惑した。


「なんだこれ?」


「誰かが来たようですわ。それも、エスセナリア家のものが」


 ジョウはすぐさまにカラフィナらを思い浮かべたが、彼女らに限らないと高鳴りを鎮めた。また、身内であるのに骨太少女の態度は少々気にかかる。


「後継者争いのことと関係があります?」


「後継者?」


「初めて会った時、キャコさんは言ってました。追われている状況から最後に残った人が、次の頭首になれるって」


「あれ本気で言ってたのかよ?」


「わたくしはいつでも本気ですわ」


 体をほぐし、戦いに備えつつキャコは答えた。


「だって、お前、そんな追われてるのに家族と競争とか……あ? そうだ、お前隠れ家のこと知らないって最初言ってたぞ」


「知りませんわ」


「しらばっくれんじゃねえ、お前隠してやがったな。他にも隠れ家あんのか?」


「今はそれよりも、来訪者へ対処した方が良いんでなくて?」


「ジョウさん、キャコさんの言う通りです。入ってきた人が、後継者争いに積極的だったら争いになります」


「くそっ、おい、キャコ終わったらちゃんと全部教えろよ」


「必要とあらば」


 ジョウはひとまず不満や疑念を脇へ置き、眼前の脅威へと対処を切り替えた。割り切りの迅速さは、少年の長所の一つである。


「クラハ、俺の後ろにいろよ。キャコ、ここってお前がいないで進むと迷うよな?」


「ええ、わたくしと一緒でないと、延々と迷い続ける魔法がかかっていますわ」


「しゃあねえか……んじゃ、みんな一緒だ。やばくなったら、外に出てシディアンで逃げよう。いいか?」


「よろしいですわ」


「うっしゃ、クラハはさっきの『私よ眠れスパッチー』で疲れてるんだから、無理すんなよ?」


「はい」


 嬉しさの発露を声だけにとどめ、丸顔の少女は頷いた。


「書斎に移動しましょう、誰であれナビの遺産ルーンを求め、やってくるはずですわ」


「だな、あそこで迎え撃つか」


 キャコの案内のもと書斎へ戻った一行は、いずれ来るはずのエスセナリア家の者を待ち構えた。『黒鎧重騎士ノワール・リッター』を護衛に召喚し、『大食らい隠れ砂虫サルラック』も出入り口に設置した。


「思ったんだけどよキャコ、この避難所て絶対壊れねえわけじゃねえよな?」


「それはそうですわ、魔法の加護を凌駕する魔人の力であれば」

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