第233話 お引越し⑧

 だが、今の彼女は長旅の疲れをいやすべく食事の用意に勤しむ、体格の良い一少女過ぎなかった。


「お前手際いいな」


「貴方たちが不器用なのですわ」


「ううっ……」


 意外にも、料理支度で最も手際が良かったのがキャコだった。鶏をしめて血抜き、毛抜き等の処理を完ぺきにこなし、野菜シチューの下ごしらえにも無駄がない。二人へ指示も出すなど、逃亡生活で培った技術が役に立っていたのだ。


反対に、ジョウは魚の鱗取りに、マイアは貝の殻開けに苦心していた。


「みたことねえ魚だからなあ、ヌマウナギに似てっけど」


「こ、この貝……固いです」


 経験、技術的な問題に加え、《調理》と《料理》の違いもあった。少年少女の料理は焼くか煮るかで、栄養価を無駄なく摂取することに重点を置いている。下ごしらえ等はするものの、あくまで食する際に引っかかりがないようにするためのものだった。当然、扱う食材は現地調達が基本で高級なものとは縁遠い。


 温度や捌き方など、細部にまで気を遣わねばならないような繊細な食材は口にするのはともかく、見るのは初めてである。キャコも途中で気付いて、結局ほとんど彼女が調理を担う羽目になった。


 その甲斐あって、素晴らしい食事になった。鶏の半身漬け焼き、葉物のシチュー、ニカウナギとアツ貝の蒸し物、ワインも添えられた。一口口へ入れたジョウとエモルは目の色を変えてがっつき、キャコの腕を称賛しきった。骨太少女は鼻高々だった。


 後片付けを終えると、満腹と酔い、黒龍の消耗もあってジョウはすっかりまぶたが重くなっていた。辛抱たまらず、クラハの『私よ眠れスパッチー』を求め、ワインだけでない理由でほんのり頬をそめた少女の膝を借り、しばしまどろみ冴えを取り戻した。


「悪かったな、お前も休んでくれ」


「平気です」


「無理すんなよ? 夜もお前に頼まなきゃいけねえんだから」


「わかってます」


 その様子をどこか面白くなさそうに眺めていたキャコは、ジョウに今後の流れについての協議を持ち掛けられ一瞬反応を遅らせた。


「金とかいろいろ、全部さっきのとこにあんのか?」


「い、いいえ、ナビの遺産ルーンだけですわ」


「おし、んじゃ、最初にナビの遺産ルーンを確認してみっか」


 それまでの良い気分を払い、丸顔の少女は素早く少年の提案が自分の目的にどう作用するかを考えた。ナビの遺産ルーンは欲しいが、横取りに際してキャコとの関係性を断絶においやるのは本意ではない。


「強えのあったら、俺も欲しいしな」


「こほん、お勘違いなく、あくまでエスセナリア家の備えですわ」


「なんだよ、俺だってエスセナ家の仲間っぽいじゃねえか。少しくらいくれ」


 少年にしても、《妹》たちのために力をまだまだ欲している。


「エスセナリア、ですわ」

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