第231話 お引越し⑥

「では、護衛役と共に参りましょうか」


 骨太少女は指導役を買って出た。体格も相まって、先頭を行く姿は保護者の風格すら漂わせていた。自信にあふれた姿は、竜人すらも従うことを選ぶほどだ。



 豪奢な扉と通路を数えきれないほど進んでいく、衒学趣味に目覚めたのか、これもエスセナリア家の者以外には判別できない魔法がかかっているとしきりに自慢した。


「魔法ってなんでもできんだな」


「ここまでするのは特殊な例です」


 はぐれないようにと伸ばされた手を握りながら、クラハは答えた。最初は少し照れ臭かったが、今ではその温かさとごつごつした感触が安心を与えてくれていた。キャコは繋がれている手に何か《もや》のようなものを感じていたが、興奮と熱意が上回り問題にはなっていなかった。


 そして、とうとう幾枚目かの扉をくぐった先に広い部屋が現れた。ジョウが連想したのは、故郷の村長宅、そして新拠点の書斎であった。無論、規模も造りも比較にならないほどの差があったが、威圧するように並び天井まで届く背の本棚の群れは少年の記憶から、それを引き出していた。


 艶のある長い机を椅子が囲み、どこか浮世離れしたような光景だった。ただ本を貯蔵するためだけに、家ほどの空間を使うという発想が少年にはなかったのだ。クラハは師と共に過ごした街にあった図書館を想起したが、同時に勉学を強いられた苦刻も蘇らせてしまい、握る手に力が入った。


 それでも、丸顔の少女は己が使命を忘れてはいなかった。この一室の最奥にこれ見よがしに据えられた巨大な鍵付きの棚。恐らくあそこに、例のナビの遺産ルーンが隠されているのだろう。


 魔人は警戒を続けながらもやはり脅威は嗅ぎ出せず、避難所全体にかけられた魔法に戸惑い落ち着きなくうろうろと這いまわっていた。


「キャコ、あのでっけえのがそうなのか?」


「ええ、エスセナリア家に火急の事あらば、用いるようにと封されたナビの遺産ルーン……無事のようですわね」


「ならよかったぜ、つーか何か食わねえか? 腹減っちまった。『剛竜の戦人アリ・ヴァイパー』出して魔力使ったからかな」


 竜人が不服そうに鼻を鳴らし、思わずクラハは、ジョウを褒めそうになった。目当てのものがどこにあるか分かったうえで、そこからキャコを遠ざけられるかもしれない。あの鍵を見る限り簡単に開きはしないが、調べる機会がこうも早く去来するとは。


「私も、お腹が好きました」


「ん、確かに少し休憩してもよいやもしれませんわね」


 この場合、何においてもまずはナビの遺産ルーンを確保せねばならないはずだった。ましてや、御家再興を願う身、完全に味方とみなしていない二人には見せる必要すら本来ない。そこがキャコの甘さであり、幼さの現われであった。

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