第230話 お引越し⑤
「泥を落としになって」
妙に気取った言い様に眉をひそめる二人だが、あけ放たれた扉の先に広がる空間を見て納得した。別世界としか、言い様のない光景だった。
そこには、一切の汚濁がなかった。二人が知る最も清潔かつ豪奢な内部を持つ、『トット』の新拠点ですら廃屋に見える程、空気のよどみや湿気すらなく、快適な気候が保たれていた。
床は鏡として使えそうに磨き抜かれた大理石、その上に赤いじゅうたんが乗っている。壁は純白で、巨大で壮麗な絵画が幾枚もかかっていた。人物画、風景画、歴史画、芸術に素養のないジョウでも、一瞬目を奪われるほどに見事なものだった。彫刻、陶器、美術品の数々も、出しゃばりすぎない適度な空間配置をもって並んでいる。
各部屋に続く無数の扉と、上階へ通ずる巨大な階段、柱。入り口だけで、ねぐらがすっぽり入ってしまいそうな広さである。手の込んだ装飾があちこちにしてあって、少年は圧倒されつつも呆れを感じてしまう程だった。一体幾人が、どれだけの時間をかけて、利便性を高めるでないこれを彫り込んだのだろうか。
「すげえな、おい」
「はい」
さしものクラハも感嘆しぱなしであった。雰囲気と豪奢な内装にもであるが、魔法技術の高さに呑まれていた。少なくとも月単位で放置されているにも関わらず、劣化どころか滞在に最適の環境が整えられている、規模も持続力も尋常ではなく、敗北感を刻まれた気分だった。
キャコは得意満面で二人を眺めていた。自分が何かをした訳ではないが、知識優位をとっているのは悪い気分ではない。それになにより、しっかり避難所が健在だったのが嬉しかった。
かつて父に連れられ訪れた時から、この館は寸分も変わっていなかったが、自分も周囲はすっかり変わってしまっていた。地位も誉も失い、いわれなき罪を着せられた。共にいた従者らもすでにない。
だが、今の彼女に後ろ向きな嘆きはなかった。仲間とまでは言えないが、協力者もいる、こうして避難所にも辿り着けた。疫病の根源などという、不当で不名誉な迫害より脱し、栄誉と栄華を奪還する。キャコの内部に炎が燃え上がりつつあった。
「あ、そうだ、出でよ、『
不意に、竜人が召喚された。
「いや、今更だけどよ、待ち伏せがねえかって思って」
怪しむ少女たちに少年は説明した。鼻を鳴らしながら竜人は徘徊を始める。
「魔法は完ぺきに作動してますわ」
「どんなに目張りしたって、蟻ん子も蚊も蠅も家ん中に入ってくるんだぜ」
「一理あります」
キャコは大げさに首を傾けてみせた。竜人は徘徊を終えて少年のそばに待機する、危険は発見できなかったのだろう。
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