第229話 お引越し④
ミナキスの件が印象に残ったのか、少年はラオフ・ティグの他魔法へ興味を示すようになった。クラハに教わったものの、まるで素養はなくそもそも座学から挫折してしまったが。
「頭が溶けちまいそうだあ……」
「だから止めといた方がいいって言ったんです」
「お前よくこんなの詰め込めるな」
「わたくしも使えますのよ。長年の教育あってのものですが」
「3日続けただけで死んじまいそうだ……魔法は諦める」
「それがいいです」
和気あいあいとは言わないが、新たな旅に出るということで3人の間にはある種の連帯感が生じていた。疎外された形になるエモルは、それが面白くなくふくれ面で見ていることしかできない。気付いた少年は、復帰のための訓練に加え、やせっぽちの少女の機嫌を取らねばならなかった。
「ジョウさんが言えば、わたしも一緒に行けるかもしれないのにい」
「ここにいた方が安全だぜ。それによ、お前にしかカラフィナたちが来た時のこと、任せらんねえだろ」
「……わたしにですか?」
「ああ、危ねえことさせたくねえしな」
渋々だが、エモルは下がるしかなかった。カラフィナ、マイア、そしてキャコと新たな奉じる対象ができている。彼女なりの打算や好き嫌いも芽生えてきて、少女を脱皮せんとしているが、やはりジョウがいなくては始まらない。夜ごと床を共にするのも、慣習でなく意思によるものになっていた。
移動については、変わらず黒龍を使役することになった。人目につかぬようにと重ねて言われ、あくる日の深夜にジョウたちは出立した。キャコの指示に従い夜空を進む中、少年はまたもカラフィナらと共に旅立った日を重ねていた。『
黒龍の速力を以ても、避難所へ到達するには2日かかった。世界の果てに至ったつもりでも、ヴァナスホーヴェン地方すら出ていないことにジョウは己の小ささを感じざるを得なかった。
そこは、一見すると何の変哲も森に見えた。近くに街どころか、整備された道すらない。高所に位置しているためか霧が常に漂い、何もせずとも肌が濡れていくかのようで、空気も薄く息苦しかった。
一歩大地を踏みしめるごとに泥水が沸き、ヒルやらナメクジやらがうようよと湧き出す。それを餌にするトカゲ、蛇の類もあちこちで蠢いており、クラハは悲鳴を上げないように自生しなければならなかった。
不快な思いをしながら歩くと、唐突にそれは姿を現した。上空からは森の木々に覆われて見えず、間近まで迫ってもその全容は伺えない。まるで幽鬼であるかのように、存在しているはずなのに輪郭が曖昧なのだ。外観すら、木造なのか石造りなのか、どういう色であるかが定まらなかった。
「魔法です」
クラハが必死につま先立ちをしながら耳打ちする。エスセナリア家の者がいなければ、そもそも近づけないようになっているのだろうだとも。
「いきますわよ」
キャコの後に続きつつ、ジョウは周囲への警戒を怠らなかったが、ここ数年来人の出入りはないと断言できるような寂寥感が漂っていた。水滴を吊るしたそれにひっかかるたびにうんざりさせられ、骨太少女が黙々と進んでいなければ悪態の一つもこぼしたいくらいだった。クラハは最後尾を維持し、少しでも被害をかわそうとしていた。
唐突に、3人の前に避難所の玄関戸が現れた。目と鼻の先にあるというのに、これまた素材どころか確固たる形すらわからない。見ていると不安になるため、ジョウはキャコに注視しつつ、からみつく蜘蛛の糸を引きはがすのに躍起になっていた。
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