第227話 お引越し②

「地と魔法の護り、さらに難事の際の貯えもございますわ。資金、食糧、ナビの遺産ルーンも」


 《今》なら、たどり着けるはずだった。世界が崩れた時、最初に目指したのが避難所であったのだが、護衛や世話役の離反離別、襲撃者への対応でとてもその余裕がなかった。だが、《今》であれば新たな《護衛役》がいる。


「妹……他の家族もいるのか?」


「それは何とも、何か所かありますから」


 カラフィナと再会できる好機かとジョウは思ったが、都合が良すぎると囁く声も内にあった。しかし、手がかりを得られるかもしれないし、貯えとやらはあって困りはしない。


「豪邸ですか?」


「え? ええ、まあそれなりの建物ですわ……?」


「マイアさん、行きましょう!」


「あんたは黙ってなさい……、話を聞くと、お嬢さんがいないと入れないみたいね?」


「エスセナリア家の避難所ですから」


 となると、キャコが出向かねばならない。それは、マイアにとっては逃亡と反逆の危険を意味し、キャコには自身の力の増大を意味していた。特にナビの遺産ルーンは、そうした状況に応じた強力な《隠し玉》であるはずだ。


 いざ、その避難所にたどり着いて、他の家族なりがいれば当然、力を得たうえ彼らと協調を開始するだろう。その時、自分たちがそれまで同様の存在価値を保てるとは美女には到底思えなかった。切り捨てか、それを前提とした運用に切り替える可能性は十分にあった。骨太少女もだが、《エスセナリア家》としてそう判断するのは自然な流れだ、所詮、自分たちは賞金稼ぎ崩れに過ぎない。


 追われる身という危険因子、裏切られる危険ありきで抱き込んでおり、そもそも個人的にも好いていない少女である。望まぬ展開になれば離れれば良いだけで、彼女が加入する以前の状態に戻るのみ。


 一方、領主一族の復権が成れば、キャコはその価値が天井知らずになる。せっかく手に入れたのであれば、その可能性にかけてみたい気持ちもあった。要するに、マイア自身がどうすべきか決めかねていたのだ。


「ジョウ、あんたはどうしたい?」


「そりゃ行ってみてえよ、ナビの遺産ルーンは気になるし、こいつの家族とも逢わせてやれるかもしんねえし」


ナビの遺産ルーンはわたくしのものですわ。エスセナリア家のために備えていたものですから当然。……まあ、少しくらいはお渡ししてもいいですけれど」


「わたしも行きたいです!」


「黙ってなさい。クラハは?」


「新しいねぐらができるのは良いと思います。キャコさんの話のままであれば」


「お疑いですの?」


「すでに占領されてる可能性も、マイアさんの言うように待ち伏せされていることも考えられます。高度な魔法でも絶対に破られない保証はありません」


 気勢を削がれたものの、キャコは反論しなかった。クラハの指摘は正鵠を射ていたからだ。避難所の魔法は高次元のそれで、他にも様々な罠が仕掛けられている。難攻不落の要塞と言っていい。


 だが、絶対に崩れぬと断言はできない。永劫不滅のはずのエスセナリア家は、領主の座を追われ、血族は尊ばれるべき至宝から、金の獲物に堕とされた。以前であれば一蹴し不敬を咎めただろう丸顔の少女の言葉も、至極当然の懸念であると身をもって知っている。

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