16章

第226話 お引越し①

 一応、本人としては大男への尊厳のためだと理由付けがしてあったが、すぐさまに増長と慢心が生んだ愚行と気付いてしまった。訂正する前に、マイアがあっさりとそれなら勝手にしろと引っ込めたため、一人きりのときに悔いるしかなかった。


 傷口に当てた布の取り換えの他に、キャコが指圧をしてくれた。ただの親切心からだけではなく、ラオフ・ティグの技術の一端でもあるため、ジョウを実験台にしようという目論見もあった。おかげで、傷の治りが遅くなったようだった。


 傷が塞がると、日常復帰の訓練を少女たちに手伝ってもらった。裂かれた足がうまく動かず、後遺症も覚悟したが、何度かこなすうちに無事に元のように動いてくれるようになった。痕がくっきりと残るほどの深さと大きさにも関わらず、奇跡的なことだと美女は言っていた。実際に、失血量だけで見ても死を免れないほどのはずであった。


 僥倖をかみしめつつ、少年はふと風呂場などで自分の体を見たときに寒々しい思いを抱くこともあった。『黒豹の狂戦鬼パンサー・ウールブヘジン』に食いちぎられた傷、ダイオンをはじめとする戦いの中でついた傷、そして足にできた傷、全身で無事な部分は数えるほどだ。いずれも、後悔を呼びはしないが改めて自分は遠い所に来てしまったのだなと再認識せざるを得ない。



 ジョウが回復を遂げると、珍しくキャコが招集をかけた。湯気を立てるマニ茶を手元に集まった一同を前に、彼女は思いがけない発言をしたのだった。


「エスセナリア家再興のためにも、わたくしたちにはより堅牢な隠れ家が必要です」

 

 怪訝な様子のマイアとクラハの一方、ジョウとエモルは目線を一瞬交錯させた。カラフィナとヨムが言っていた、《隠れ家》を連想したからだ。


「あてがあんのかよ?」


「はい、こうした場合に備えて、エスセナリア家では緊急の避難所を設けてあります」


「あ、ダメ」


「は?」


「おいマイア、なんだよ急に」


「そんなとことっくに見つかってるわよ、荒らされてるならまだいいけど、待ち伏せされてたらどうするの?」


 ジョウは、カラフィナたちとの再会に弾んでいた心を鎮静させた、『トット』でも隠れ家の噂を聞いたことはある。美女の言うとおりに、その首を狙う者たちが待ち伏せているのはあり得ることだ。


 キャコは興をそがれた風であったが、すぐに不敵な笑みを浮かべ拳を組んだ。二の腕がぽこりと盛り上がる。


「魔法の下にある建物でも、でしょうか?」


 クラハがぴくりと眉を動かした。


「隠ぺいのための魔法ですわ。エスセナリア家の者しか発見も侵入もできませんのよ」


「そういう都合のいい魔法の話はよく聞くわ。でもね、本当だったためしは一回もないの」


「そこらの低級魔法使いと、エスセナリア家の抱える達人を一緒にしないで欲しいですわね」


 剣呑の空気を感じ取り、ジョウはクラハに話を振った。


「クラハ、そういうのってあんのか?」


「隠ぺい魔法や、侵入者段の魔法は確かにあります。相当な実力者ならあり得るかもしれません」


「あり得ますわ、実際にわたくしは訪れたことがありますの」


「近くなのか? ここよりよっぽどいいとこなのか?」


「ええ、こんな汚いところとは比べ物に……いえ、まあ、堅牢ですわ」


 口調に愚弄を感じ、ねぐらでの生活を満喫している一同が気分を害しているのを察して、骨太少女は言葉をやや湾曲させた。

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