第15話 代償と願いと

「絶対に持ってた方がいいですよ」


 カラフィナの口を塞ぎ、意味深に目くばせしながら、ヨムはくり返しジョウを説得した。今更だが、ヨムにも何か隠し事があるのは明白だ。少なくとも、話している内容を鵜吞みにするのは危険そうだ。


「ったくよお……」


 それでも、ジョウは二人から離れようとは思わなかった。妹とカラフィナを重ね、襲撃者たちから彼女を救った後、一時の昂奮が冷めてもその死を恐れていたのだ。怪しげなヨムにしても、それだけで疎外しようと至らない。全てを失ってから、初めて得た繋がりだった。


 せめて、日常が遅れるようになるまでにはしてやりたい。そのためにはナビの遺産ルーンが必要だろう。知恵も力も自分にはないと、誰よりもよくわかっていた。


「他のる……ル……?」


ナビの遺産ルーンですね」


「そうそれだ」


 並べられたナビの遺産ルーンを眺め、ジョウはそれを手に取ってみる。


「入れ替えたりはできないのか? やっぱり、何かあるたんびに肉持ってかれるのはつらいぜ」


 水を得たりとヨムは身を乗り出した。どうやら、ジョウのその言葉を待っていたらしい。やはり何かあるのではと少年は疑ったが、表情には出さないでおいた。


「ですよね。もっと楽に使えるのがあるんですよ」


「……なら、なんで最初にそっちを出さなかったんだ?」


「いや、それは慌ててたのと……ほら、あの時は『黒豹の狂戦鬼パンサー・ウールブヘジン』が一番良かったから」


「ん……」


 どうにも納得はいかなかったが、ジョウはナビの遺産ルーンに目を落とした。改めて見てると、剣の絵柄のものがあった。


「あ、それとかどうですか? 『焔斬剣ゲシャムゥ』っていいますよ」


「剣が豹みたいに出て来るのか?」


「いや、それは現具の型じゃ」


 きょとんとするジョウを見て、衒学趣味が刺激されたのか、カラフィナは得意げに『焔斬剣ゲシャムゥ』を手に取って語り出した。


「『黒豹の狂戦鬼パンサー・ウールブヘジン』は召喚の型、現具の型はちと違うのじゃ」


「召喚……現具?」


ナビの遺産ルーンには大きく3つの種類があるんです」


 ヨムは『焔斬剣ゲシャムゥ』の左右に、二枚の札を並べた。それぞれ、卵から這い出たばかりの愛らしい赤子の竜と、顔が鏡になっている道化師が描かれ、数字が並んでいる。


「召喚、現具、憑身……せっかくだから試してみましょうか」


 ヨムが札を持って小屋から出るのでジョウも続き、カラフィナものそのそと這い出て来た。


「まずは、『焔斬剣ゲシャムゥ』から行きましょうか」


「待てよ、こいつは使っても大丈夫なんだろうな? 肉抉られたくねえぞ」


「大丈夫ですよ。ささ、これもジョウさんのものです」


 ヨムに勧められるまま、さし出された札の所有を認めようと手を伸ばしたジョウだが、はたと思いとどまって疑わしそうに札と彼女を見比べた。


「カラフィナが言ってみたいに、何か代償とかがあるんじゃねえか?」


 素早く少女の口をふさぐと、ヨムは陰りのない笑顔で答えた。


「そうでしたそうでした、確かこれは少しだけ熱いんですよ。炎を纏ってるから」


「少しだけなあ……」


 胸の傷に目を落とすジョウだった。『黒豹の狂戦鬼パンサー・ウールブヘジン』の代償であるこれは、少しなのだろうか。


「なんで、その代償を隠すんだ」


「えっと、隠してるんじゃなくてですね、私もすっかり覚えてるわけじゃ……」


 ずいと、ジョウはヨムに顔を近づけ、抉れた胸の肉を指さした。


「あのな、これは仕方ねえ。あの時は急だったからな。お前らにも、他に色々俺に言えねえことはあるだろ。でもー」


 『焔斬剣ゲシャムゥ』を手に取って、彼女の瞳をまっすぐに覗き込む。


「これを使って本当に大丈夫なんだな?」


 カラフィナ、そしてヨムを助けるために使い、秘した代償で倒れ、それが叶わなかったらどうする。とは言わなかった。それはあくまで自身の都合であり、二人から乞われたものではなかったからだ。


 真剣味の感じられる強い口調であったが、そばで聞いていたカラフィナには動揺が見えず、むしろより一層興味を深めて二人を見やっていた。

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