第14話 ナビの遺産

「そうでしたね、すいません」


 ヨムがエプロンドレスから札を取り出し、ジョウの前に数枚並べた。『黒豹の狂戦鬼パンサー・ウールブヘジン』と同じく、数字の列と絵が描かれていた。だが、黒豹の獣人が描かれているものは一つもなく、奇妙な武器や空想の怪物、おとぎ話の挿絵のような絵が踊っていた。


 カラフィナも興味津々に覗き込み、手に取ろうとしてヨムに手を払いのけられていた。


「この札は、ナビの遺産ルーンって言います。名前聞いたことありますか?」


「いいや……え? あ、お、おい!」


 何を思ったのか、ヨムはその一枚をシチュー鍋の火に晒した。当然火が移り燃え上がるはずの札だが、直接炎に撫でられても燃えるどころか焦げすら見せない。火から離して元に戻したナビの遺産ルーンは火にくべられる前といささかも変化がなかった。試しにジョウが恐る恐る触ってみるも、熱も伝わっていない。


「魔法は、わかります?」


「あ、ああ」


「これは魔法でできたものなんですよ。どうやっても傷つけたり壊したりできないんです」


 ヨムが今しがた火にさらした一枚を折り曲げようとするが、それは少しも変形するそぶりを見せない。渡されたジョウも試してみたが、両手を使って力を込めても微動だにしなかった。


「魔法……」


「一から話すと長くなりますから、簡単に言っちゃいますね。これ、訓練しなくても使える魔法なんです」


「ああ……」


 確かに、ジョウは魔法の訓練など一度もしたことはないし、そもそも魔法を見た事すらない。大人たちの世間話から、魔法というとてつもない技術があり、それを自在に操る魔法使いなる人物がいるとは理解していたものの、隣村や国家と同じくお話の中の存在だった。


「便利でしょ。魔力は必要ですけど。つまり、ジョウさんには魔力があったんです。すごい」


 物売りのような口調でヨムは語った。確かに、そのおかげで危機を脱したのは事実である。


「便利だけどよ……」


 ジョウはちらと胸の傷へ目をやった。『黒豹の狂戦鬼パンサー・ウールブヘジン』に食いちぎられた箇所だ。


「これは何だよ?」


「そんな便利なナビの遺産ルーンですけど……より強い力を出すには代償が必要で……」


「ジョウに使わせたそれはな、魔力はごく少量で済むのじゃ。その代わり、使役するのに持主の肉がいる」


「じゃあ何か? 前みたいにさせようとしたら、俺はどんどん食われちまうってことかよ?」


「その通りじゃ。その代りに消費魔力の割に有用なんじゃ」


 ジョウは初めて非難がましくヨムを見た。彼女は気まずそうに眼をそらし、頭を下げた。


「だって、急なことで思わず……本当にごめんなさい」


「まあ、急ではあったけどよ……この、腕に刺青みたいになっちまってるのは?」


「使うのに必要だったんですよ。これ、ただ持ってるだけじゃダメなんです。このナビの遺産ルーンを自分のものにするって誓って……」


 ヨムはあの夜、ジョウの腕にナビの遺産ルーンが入り込み紋章となった様を手振りで再現してみせた。


「肉体の一部となったのを、使うって宣言して……はい」

 

豹の紋章をさすりながらジョウは頷いた。大体のことは理解できた。同時に問題も見えたが。


「元の札に戻すにはどうすりゃいいんだ?」


「何故戻す?」


「そうですよ、すごく強いし便利ですよ」


「あのな、間違って呼んじまったら、また肉喰われちまうだろ? 喉笛とか食いちぎられた死んじまう」


「確かに、前の持主はそれで命をー」


「だ、大丈夫ですよ!」


 慌ててカラフィナの口を塞いで、ヨウは不自然に笑顔を見せた。


「『黒豹の狂戦鬼パンサー・ウールブヘジン』はできるだけ持主を死なせないように……」


「できるだけってのが不安だぞ……」


 死を恐れはしないが、気がかりなのはカラフィナである。意図して無視してきたが、明らかに富裕であったろう少女がこの村へやってきたのは何故だろう。疫病に怯みもせず住み着き、今も尚滞在している以上、行き場がないのは確かだ。

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