2章

第12話 束の間の休息

 覚醒と悪夢を交互に繰り返し、真の意味でジョウが目覚めたのは朝を迎えてからだった。朝陽を背に覗き込む心配と好奇の瞳は二つ、前者はヨム、後者はカラフィナである。


「本当にすいませんでした、ジョウさん」


「せめて、どうなるかは……教えといてくれよ」


 服は脱がされ、魔人こと『黒豹の狂戦鬼パンサー・ウールブヘジン』に食いちぎられた胸部には、手当の跡があった。牙を立てられた直後より痛みはましであったが、脈打つような熱を感じ、当てられた布は血で濡れそぼっている。


「言い訳ですけど……ああなるってまでは、わからなかったんです」


「痛くなるって言ってなかったか?」


 ぼやきの途中で、非難を声色から消した。恐らくあの札について全ての疑問を解消するには、ヨムから多くの事を聞かねばならないだろう。今は、それよりも傷を治し体力を回復させるのが先だ。


 身を起こそうとして走る痛みに断念したが、ちらと見えた村の家屋は全て焼け落ちているようだった。焼け焦げた匂いと、血の匂いも漂っている。二人が無事であることを見ても、隣村の襲撃者たちは撃退されたのだろう。


「とりあえず、二人とも無事でよかった……」


 きょとんと一瞬目を合わせ、ヨムとカラフィナは興味深げにジョウを見つめた。


「狂って見えてる幻覚じゃあ、ないな。さすがによ」


「はい、私もカラフィナ様もちゃんといますよ」


 ヨムの声には優しさと嬉しさが強く乗っていたが、ジョウは気づかない。彼の痛む胸に去来していたのは、今度こそ妹を守り抜いたという、個人的な満足感だった。


 住処を失い、ひどい傷も負った。何より妹を見殺しにした無残な過去は変わらない。だが……心を癒す何かが確実に存在していた。


「本当に、ありがとうございました」


「お礼が欲しいわけじゃないけど……治るまで色々頼んでいいか?」


「もちろん」


「よかろう」


 しばらくは動けそうにない。二人に身を任せ、ジョウはこれまでのことを改めて振り返り、これからのことへ思いを馳せる。生ある限り、終わりはない。どう取り繕うと、それは不変の真理であった。



 まずやることは、簡単な風雨をしのぐ場の建設だった。今はまだ晴天が広がっているが、雨に濡れてよい事はない。ジョウは自身が動けないため、どうしたものかと悩んだが、意外やヨムが、焼け落ちた家々から比較的無事な材木を集めて小さな小屋を作った。

 

小屋というのは最大限彼女の努力を尊重した表現で、正確には材木を重ね合わせてどうにか3方を囲み立たせ、そこに屋根を乗せたオブジェというのが正しいかもしれない。屋根はともかく、あちこちに隙間があり、陽光も風も容赦なく進入してきた。前面は吹き抜けで、出入りには不自由しないが、如何せん狭くて3人が中に入るとひどく息苦しい。


 だが、思わぬ幸運もあった。当初避難場所として想定していた貯蔵庫が無事だったのだ。中は煙が入り込み煤だらけであったが、食糧は無事で煤を落とせば十分まだ食べられた。食糧の心配がないのは有難い。

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