第10話 運命は翻弄へ誘う

 その夜、村を包囲していたのは、東西南北の隣村から集められた男達であった。きっかけは、この村から逃れてきた男を、南の隣村が捕えたことである。元から余所者には過敏であったが、疫病が流行しているとあってよりそれが強まった。


 尋問の結果、男から疫病の蔓延を聞きだした南の村は、男とそれと接触した村人を処置し、対策を練った。それから、東西と北の村でも同じ事件が起こった。長たちは集まり、しかるべき行動を取ることに決めた。


 病根を絶たねば、今度は自分たちが冒される。偵察を送り、ジョウの村の様子を探らせた結果、未だに最低3人は生き残りがいると知れると、4村が合同でその生き残りごと村を焼き滅ぼす準備を進めた。生き残りが自由に動けば、疫病は際限なく広まっていく。病が発生した時点で、それは人でなくおぞましい病魔であった。


 弓を準備し、矢じりに油を染み込ませた布を巻く。射手と火を起こす役を分け、訓練を施した。疫病の発生以来交流の乏しかった村々の男達は、大いに楽しみ汗を流した。


 そして、実行日がやってきた。女たちは男たちの無事を祈り織った顔あてと衣服を渡し、送り出した。処置が終わった後はその衣服を焼却し、数日間村の外で罹患の兆候がないか確認してから帰還を許される。疫病以外に恐れるべきはない、はずだった。


 闇夜に紛れ村を包囲し、火矢を射かける。訓練の成果もあって、家々に突き刺さったそれは勢いよく燃え上がり、明かりと熱で男たちを奮い立たせた。逃れてきた者たちを処置した時と同様、この行為に自責の念はなかった。病根を絶つ、正しい行いだと皆が連帯していた。


 不意に、燃え盛る一軒の家の窓から何かが飛び出て来た。男たちは冷静に矢を射かけたが、次々窓から飛び出来る様には困惑せざるを得ず、5回目の射撃で待ったがかかった。報告よりも生存者が多く潜んでいたのだろうか。


 真実は、ジョウ達が生き残るために仕掛けた目くらましであった。窓から飛び出た6つの物体は、急いでかき集めた家具であり囮だ。最後の一つが、濡らした敷布にくるまった3人だった。一か八かの賭けだったが、彼は勝利し、焼死と窒息死と圧死は免れた。


「射かけられておったら、死じゃぞ」


「ああ、だけど、今は生きてるだろ?」


 ほとんど抱き合う体勢で、3人は敷布にくるまれていた。煙に含まれた煤で真っ黒だが、それでもカラフィナとヨムの美貌は損なわれていない。これは一時的な逃避に過ぎない、このまま動かずにいても朝になれば発見されてしまう。この状況で、知られずに逃げ出すのも困難だ。


「で、その札がどう助けてくれるんだ?」


 頼みの綱は、ヨムの握る札である。この危機的状況を脱する代わりに苦痛をジョウへ与えるとのことだが、まさか窓から飛び出たことがそうだと言うのだろうか。


「本当に、本当に仕様がなくなんです。できれば、ジョウさんに押し付けたくないんですけど」


「いいから、どうすればいいんだ⁉」


 ヨムは密着した状況で器用に札を一枚抜くと、それをジョウへさし出した。怪訝に受けとったジョウは、まじまじと札を見てみる。暗くて見難かったが、そこには黒豹の獣人の絵と、数字の列が書き込まれているのが確認できた。

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