第8話 襲撃者の夜

 その夜、客間に下がるも悪夢を怖れるジョウは、寝具に横たわりながらただ天井を見つめていた。少女のように読書をする習慣はなく、試しにいくつか本を眺めてみたがまるで集中ができなかった。かといって、肉体も精神もしっかりと疲労しており、覚醒して何かをするというのも辛い。横になっているだけで多少の安らぎは得られた。


 悪夢のことは二人に明かしていない。例え幻覚であれ、誰かに打ち明ける気にならなかった。こうして起きていても、いずれは睡魔に敗けて眠りに落ち、妹の死が再現され覚醒する。そしてまた睡魔に襲われ……そうして夜をやり過ごす。


 悪夢は一瞬だが、体感と現実の時とは異なるらしい。一瞬に思えても、悪夢が終わる、すなわち睡眠している間にそれなりの時間が刻まれている場合もあるようで、どうにか日中を過ごす体力と気力が養われていた。


農作業の真似事にも支障はない。とはいえ、確実に精神が蝕まれていくのがわかった。今の少年にとって、睡眠は拷問に等しい。少女と女性を幻覚と疑い、なおも払しょくできないでいるのもそれが理由だ。


 と、客間の戸が遠慮がちに叩かれた。


「すいません、ジョウさん、起きてます?」


 女性の声を無視せず、ジョウは寝具を降りて戸を開けた。少女と共に立っていた彼女に一瞬違和感を覚えたのは、まとっているのが寝巻であったからだ。仕立服以外のいで立ちを見るのは、これが初めてだった。


 寝巻といっても、村長一家が使っていた、くたびれた普段着をそのまま転用したものであるから、あちこちがほつれ色も褪せている。それでも、二人とも際立った美貌を保っているのが、妙に感心を呼んだ。


「どうした?」


 返事を聞く前に、差し込む明かりに気づいた。窓から室内へ差し込む光りだが、朝陽ではない。赤すぎたし、朝陽は闇夜の中に孤立してはいない。炎の光りだ。それも複数が蠢いている。


「松明か?」


「たくさん。囲まれてます」


 知能に優れないジョウだったが、女性からの目撃報告、疫病で滅びた村、夜半に恐らく多人数が村を包囲しているという情報を組み合わせれば、おのずと答えは導き出された。


「隣村のやつらかな」


「やっぱり、狙いは私たちでしょうか?」


「ああ、疫病のことが漏れたんだな……うつらないように、殺しちまおうってことだろう」


「ふむ、ではわたしが説得しよう。わたしとヨナは感染しないし、ジョウも快復している」


「カラフィナ様、出ちゃだめですよ」


 ごく当たり前のように外へ出ようとする少女を、女性は強めにたしなめ引き止めた。


「さて、どうすっかな」


 感染者及びその家族への対処はわかっている、殺して焼く。この場合、最も楽なのはこの村長の家に火をつけ、そのまま焼き殺すことだ。逃げ出して来たら、そこを仕留める。投石と弓矢があれば十分。つまり、あまり時間的余裕がない。


「お前ら、走るのは得意か?」


「あんまり……です」


「同じく」


「じゃあ……、貯蔵庫に隠れるか。火と連中が消えるまで……」


「それは無理じゃ。あそこでは煙にまかれてしまう、延焼も防げない」


「あん?」


「貯蔵庫に隠れるのは無理ですよ、ジョウさん」


「出入口を水で濡らして……」


「煙が入って来る。窒息死するのが関の山じゃ」


 幻覚が窒息するのかとジョウは一瞬思ったが、その根底が揺らぎつつあったし、説得力もあったので内にとどめておくことにした。


「どうにかやり過ごしてー」


 包囲にほころびがないかと、窓から外をうかがったジョウの頬を矢がかすめた。窓を破り、壁に突き刺さったそれは、炎をそのまま感染えんしょうさせていく。

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