第7話 均衡は紙一重
「そっか……じゃあ仕方ねえな」
「あら、あっさり引き下がるんですね?」
「だって、言いたくねえなら無理に聞くのもな」
本人に慮っているつもりはなかった。ただ、これまでの人生で培った主義を翻す必要を感じないだけだ。家族、妹と両親の間にも秘密はあったし、まして他人であれば猶更だ。それに、二人が幻覚か否かが確定しなければ、事情を知っても仕方がない。
結局のところ、狂気と正気を決めるには他者が必要である。それも多人数が。本人の認識はさほど重要ではない、多数の下した判別が、真偽は別として正しいのだ。言語化はできないが、ジョウはその真理に到達しつつあった。
「いやな、幻覚ならそれでいいんだけど……はっきりしないともやもやしちまって」
「確かにそうじゃな。不明瞭だと気になってしまう」
「なんか難しい話になってますね。私もカラフィナ様もちゃんといますし、ジョウさんも狂ってませんよ。きっと」
「だから、それを証明するのが……」
「難しい命題じゃな。考えてみようか」
「はあ、まずは晩御飯にしません? お腹が減っちゃいました」
思考の袋小路に陥るジョウ、興味深げな少女、現実的欲求を優先する女性。その後は温め直したシチューを平らげ、片づけをし、各々好きに過ごして床についた。相変わらず、ジョウは悪夢と夜と共にしていた。
それから数日は、穏やかに経過していった。少女は変わらず書物を漁り、女性は多少ジョウを警戒してはいたが、やがて気を張るのが面倒になったのか止めていた。ジョウも耕作の真似事を続け、食事は一緒にとった。どれも美味であり、徐々に少年は味覚が戻ってきているのを感じていた。
ある日、今は焼け落ちた実家の隣りにある畑で、今の時期はどの作物の種をまけばいいかを思い出そうとしていたジョウのもとへ女性が駆け寄って来た。
「ジョウさん、森の中から誰かこっち見てるんですけど」
連れられて現場へ行ったが、女性が見たという人物の姿はすでになかった。狂気の産物かもしれない者の証言をあてにするのは疑問だったが、その人物がいたという箇所は草が踏み荒らされており、確かに何かがいたようだった。問題は、その誰か、あるいは何かの正体である。
「村のやつが戻って来たのかな?」
亡骸は全て埋めたが、その中に姿がなかった知り合いもいた。最初は自分が処理する前に、村でそれを行ったのだろうと思ったが、後々逃げ出したのではないかとも推察した。であれば、様子を見に戻って来てもおかしくはない。
「本当ですか? なんだか嫌な雰囲気だったんですけど、私見てびっくりしてました」
「そりゃ驚……ん? まてよ、見えてるんなら、やっぱりお前らは実在してるってことか?」
「もう、まだそんなこと言って」
「どしたどした」
少年には、逃亡を図った者が隣村の面々によって皆殺しにされている事情など知りえない。よって、女性が目撃した人物が村人であれば、生き残りがいたことと、狂気の判別ができることとで安心できると思った。
だが、それこそが大いなる苦難への入り口だったと、後になって苦笑交じりに追憶する羽目になった。
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