第5話 悪夢死せず

「大変な目に遭ったんですね」


「疫病はどこでも猛威を振るっておるようじゃの」


「うつったら大変だぞ、悪い事は言わないから、速く出て行った方がいい」


「心配はいらん」


「まあ、そうですね……」


 少女は平然と、女性は少年を横目で伺いつつそう言った。


 ジョウは小さく笑った、幻覚を心配している自分と、二人の反応が不意に滑稽に思えたからだ。確かに、存在しない者が疫病に冒されるわけもない。


「好きにしてくれよ。ここにいるなら、村長の家を使うといい。一番上等だからな。ほら、こっちだ」


 わざわざジョウは、二人を村長の家に案内した。食堂に通して座らせ、寝具を整え、貯蔵庫から血入りの腸詰と油魚の干物を出して、野菜のスープも作った。塩も調味料も惜しげなく使って。


「私がやりますよ」


「いいから休んでな、疲れたろ」


 また、ジョウはくすくす笑った、狂気の産んだ幻覚が疲労を感じるものか。いよいよ、浸食されつつあると実感する。完全に狂気に堕ちる時、どんな感じがするのだろうか。


 女性はそんなジョウをいぶかしがりつつ、尚も料理を任せるように頼み続けたが、やがて根負けして食堂に座って待つことにした。少女は村長の家を見て回ると、あるだけの書物を集めて片っ端から読み進めていった。


 料理ができると、少女は書物を脇に起き、女性と共に舌鼓を打った。


「うん、美味じゃ」


「いや、素材がよくないですね。保存がイマイチだったのかしら……味付けもちょっと濃すぎだし、火が通りすぎてます。折角の栄養が抜けちゃいますよ」


「こだわるのう」


「だって私の専門ですもの。あ、ごめんなさい」


 女性は我に返って、申し訳なさそうにジョウに頭をさげた。


「つい癖が出ちゃって、お食事作ってもらってるのに失礼ですよね」


「いいよ、焼いて煮るしかしてないんだから」


 彼の母にしてから、というよりも村での料理とは焼くか煮るかに大別される。それから塩をかけ、余裕があれば香辛料が出る時もあった。なにより、今のジョウはあまり食に関心がなかった。


「一宿一飯の恩義、ヨムよ、これはお返しせねばの」


「あ、そうですね。えっと……あの、お名前は……」


「ジョウだよ」


 笑って答えた。自分が生み出したものが、創造者を知らないのはどうにもおかしい。


「ジョウさん、明日は私が食事を作りますよ」


「そっか、頼む」


 無論、そういう決め事の上で、実際に作業をするのはジョウ本人になるだろう。要するに、少年が少女と女性の役割を演じているのだ。


「村のものは好きに使ってくれ、もう俺しかいないんだしな」


「ご好意に甘えさせてもらうぞ。色々と、わたしたちもやるべきことがあるからな」


「そうか……体にだけは気を付けろよ」

 

 食事を胃へ流し込むと、ジョウは席を立って客間へ向かった。おぞましい悪夢と同居したくはないが、休まねば体が持たないのも事実だった。


「おやすみなさいジョウさん」


「おやすみなのじゃ」


「ああ」


 幻覚、否、幻聴であれ、言葉をかわすことはそれなりに感じるところがあるものだと、初めてジョウは滑稽以外の感慨を抱いた。


 客間の戸を閉め、寝具に横たわる。狂気とやりとりをし、なにかしら悪夢に変化が訪れはしないかと密かに期待したものの、妹の死は繰り返され、浅い眠りの中で何度も覚醒を繰り返すうちに、朝がやってきた。

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