第4話 来訪者、狂気の芽生え

 最初は幻覚だと思った。一人は幼い、妹と同じくらいの少女。小麦色の長い髪と純白の肌、新緑の瞳は大きく唇は健康的な桃色をしていた。ジョウが思い起こしたのは、絵本の挿絵にあったお姫様だった。


 もう一人はジョウよりも年長だが、大人と呼ぶにはもう少しといった女性。切れ長の目から赤い瞳がのぞき、閉じた口は意識せず薄い笑いを浮かべているようだ。すらりとした印象はひ弱さよりも、俊敏な肉食獣を連想させた。


 両者とも、隣村や国家と同じく、少年にとってはおとぎ話の中にしか存在しないものだった。妹を含め、村内の同じ性別、年頃の娘とは別種にしか見えない。特にその着衣は初めてジョウの目に映るものだった。


 後で知ったが、どちらも金があるだけでは手に入らない、地位を持つ者にのみ許された衣料だ。少女のそれは幼少の一時期だけに着こなすことを目的に、特注で仕立てられている世に二つとない一品。身に着けることができるのも、少女一人。


 女性のそれはエプロンドレスの一種であるが、調理、家事、作業の共とするならばいささか華美に過ぎた。凝った装飾と、属する家の家紋が縫い付けられており、虚栄を司っているかに見える。


 家族、そして世界の全てであった村が滅んだかと思えば、おとぎ話が訪れた。ジョウが二人を幻覚とみなし、ついに発狂したと思い込むのも無理のない話である。


「やや? 住人か」


「第一村人ですね、こんにちは」


「……ああ、こんちは」


 幻覚に話しかけられた時、一瞬どうすべきか迷ったジョウだが、狂気が生み出したものとはいえ、無視するのも気がとがめたのだ。特に少女の方は、どうしても妹が重なってしまう。


「人気がまったくないようじゃが、どうした?」


「疫病だよ」


 淡々とジョウはこれまでの全てを語った、幻覚に隠してごとをしても仕方がない。何よりも、人は感情を吐露することで無意識に心身の安定を図るものだ。少女は一瞬大きな瞳をより拡大させたが、その後は話を聞き終えるまで感情を動かすそぶりはみせなかった。女性のほうは、少女と比べると驚きと怖れを強く感じさせたものの、それも一瞬に終わった。


 ジョウにとっては意外だった。自分が罹患後、快癒したことも明かしているが、彼の知る限りでは疫病にかかった過去があるだけで忌避の対象になったからだ。以前、それを理由に村を訪れた旅人が追い出された現場を目撃していた。狂気の生み出した幻覚である二人も、同じような反応をとるものと予期したのだ。

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