第3話 最後などありはしない
夜が明け、ジョウは貯蔵庫から香料漬けの肉や乾燥果物を失敬した。年に数回しか口に入らない馳走だったが、悪夢のためか味は分からなかった。
「よし……」
その日から、ジョウは村人たちの弔いを始めた。共同墓地に穴を掘り、亡骸を運んで埋める。そのままというのは良い気がしなかったし、焼くのはどうにも気が進まなかった。村長宅に寝泊まりし、食糧は同家と燃えずに残った家々の貯蔵分が十分すぎる程あった。
贖罪の意識があったわけではない。妹の疫病が発端かもしれないが、彼女に何の罪があるだろう。惨たらしく殺された上、骸は川へ捨てられた、ごみのように。
妹を殺した両親、彼らを殺し自身も狙っていただろう村人たちについては、何も思わなかった。怒り、悲しみ、恐怖、全てどこかへ行ってしまった。死者に感情をぶつける空しさが、ジョウを支配していた。
ただ、妹だけは割り切れなかった。どうして助けてやれなかったのだろうと自戒が、心を苛んだ。あの時、無理にでも体を動かして救えなかったのだろうか。取り返しのつかないことほど、もしもを想起させるものはない。悪夢も恐らくはそのせいだ。
どれだけ弔いに時間がかかったか、最初から数える気はなかった。全ての亡骸が墓地に眠った時、ジョウの短かった髪は肩まで伸び、頭頂部には奇妙な癖がつき、痩せっぽちだった身体には重労働で筋肉がついていた。だが、その顔には何の変化もなかった。
悲哀も苦悩も刻まれず、全てを失う前と全く同じ、やや目付きが鋭い以外はありふれた少年の顔だ。
「……はは」
何故か、それがたまらなくおかしかった。ジョウはしばらくぶりに笑い、それが大笑いに変わって立っていられなくなった。腹抑えながら笑い転げて、息が出来ず涙も流れて来た。やがて、笑いは消えて涙だけになり、鼻水と小便を漏らして、いつの間にか眠ってしまっていた。
真に無人となった村で、ジョウは日常を取り戻そうとした。いずれそうなっただろうように、畑を耕し作物を育てる。冬に備えて食糧を貯める。日常生活で必要な道具を作り、家を修繕する。
それがこの村に生きる全てである。
毎日の妹への贖罪を加えて、ジョウは命が尽きるまで暮らす。疫病に襲われた村を訪れる者はなく、新天地を求める気にもならない。それで彼は納得した。悪夢に苛まれ続ける限り、そう長くも生きはしないと思えた。
「おお、村じゃぞヨムよ」
「ひ、一休みしましょうね、カラフィナ様あ」
思いがけない、二人の来訪者があるまでは。
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