第2話 悪夢とは生をいう
妹の亡骸が見付かった日、両親と自分を処置するようとの村人の叫びを聞き拾ったジョウは、いち早く家を飛び出して森へ逃げた。
両親から受けた心身の傷は癒えていなかったが、このままでは殺されるだけだと理解できていた。とはいえ、何のあてもない、ただ目の前の危機から逃げ出しただけの少年は、数日命を永らえたに過ぎなかった。
しかも、その日のうちに黒い血管が浮き出て来た。朦朧とする意識の中で足を滑らせ、崖から落ちて泥だまりに浸かった。蛭と虫にたかられ、前日以上に腫れあがり、熱にうなされた。妹ともうすぐ会える、それだけしか考えられなかった。
だが、翌日も、翌々日もジョウは生き延びた。疫病と消耗により動くことすらかなわなくとも、生命は尽きず、村人にも見つからずに済んだ。
眠りに落ちようとすると、妹の死の瞬間が再演された。そのたびにはね起きて、それが彼を現世に引き戻したのだ。
そして、とうとう黒い血管が消えた。動けるようになると、ジョウを空腹感が襲った。吸い付いていた蛭と虫を食し、村人たちに見つからぬように注意をはらい、ついに泥だまりから這い出た。
口に運べるものは区別なく摂取し、嵐で出来た水たまりをすすった。鉄砲水で流されてきた猪の水死体があったのは幸運というほかなく、それがなければ衰弱死していただろう。ぶよぶよで白い腐肉を、湧いた蛆ごと食べた。蛆は苦いが塩気がある。
幾日かして、体力をとり戻したジョウは警戒しつつ村の様子を見に行った。生まれてから一度も村外へ出たことのない彼には、村しか世界が存在していなかった。隣村や村が属しているという国家などは、おとぎ話と同列の存在だった。
広がっていたのは、何軒かの灰と化した家々と、黒い血管を浮かべた横たわる亡骸たちだった。まだ鳥獣に荒らされておらず、判別できる顔をもった骸にはどれも見覚えがあった。小さな村である、全員が知り合いだ。
友人も、大人も、子供も、老人も、好きな奴も嫌いな奴も、死んでしまっていた。物言わず、あとは朽ちるのみ。正確な日時はわからないが、ジョウが逃げてから戻るまで10日も経ってはいないはず。村の歴史はその間に終止符を打たれたのだ。
ジョウはしばし呆然とし、ただじっと座って終焉を迎えた村を眺めつづけた。日が暮れると、村で一番大きな村長の家に入って、来客用の部屋を借りて久しぶりに寝具の上で寝た。村長一家は、寝室で折り重なるように倒れていた。
無論、安らかな眠りは訪れなかった。意識が途絶えた途端、両親が妹を桶に抑え込む。そして炎が3人を包み、その中からぶよぶよに膨らみ、体内をはい回る魚やカニが皮膚を盛り上げている、妹の水死体が這い出て来て恨めしそうにこちらを睨んだ。
飛び起き、睡魔と疲労に敗け、また悪夢に飛び起きる。それがジョウの新たな眠りだった。
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