兄ちゃんは妹のおねだりを聞きすぎて覇王になっちゃいました

あいうえお

1章

第1話 村は病に呑まれた

いつから眠りに落ちることが怖くなったのか? はっきりしている、両親が妹を殺した日からだ。嵐の夜だ。


「たっ……! にいちゃ……! ぶあっ……!」


 洗濯に使っていた大きな桶に水を張り、顔をつける。暴れる妹を抑え込むため、父と母は彼女を押しつぶさんばかりに覆いかぶさった。動きが完全に止まり、水面に気泡が浮き上がらなくなってからもしばらくそのままだった。死んだふりを警戒したのだ。


 兄、ジョウはそれを止められなかった。両親に食ってかかり、妹を逃がそうとした結果父にしたたかに殴られ、蹴られ、棒で叩かれた。全身が紫色に腫れ上がり、動けなくなっても、鼻血と血の小便を垂れ流しながら、それでも妹を助けようと這ったが願いは叶わなかった。


目の前で妹は溺死させられ、はがれた爪の食い込んだ桶と共に、誰にも見つからないようにと、深夜と豪雨をものともせずに外出した両親に、氾濫する川へ投げ込まれた。


 ずぶぬれで帰って来た両親は、濡れた体を拭うと息子が血と血尿で汚した床を掃除するように言いつけた。泣きながら、ジョウはそれに従った。やりきらねば、暴力を振るわれる。


 流行りの疫病にかかれば、当人はもちろん、家族も同様に扱われる。村八分などという生易しい待遇は得られない、殺され、家ごと焼かれて灰になるしかない。10を超える村々がすでに病で全滅しており、見つけ次第の処置は義務となっていた。


 両親は我が子よりも我が身を選んだ。疫病に冒された娘を誰かに発見される前に殺し、全てをなかったことにして、これまで通りの日常を保つことにした。幸い、娘の罹患を確信した日は嵐だった。ふと目を離した隙に外に出てしまい、そのまま行方が知れなくなった。よくある話だ。


 翌日、快晴の下、両親は村中で懸命に見えるよう、娘を捜して回った。誰もが同情し、娘の末路を哀れんだ。悲劇は核を隠したまま幕を開け、そして閉じるはずだった。 



 氾濫する川の様子を見に行った村人が、流木に溜まった泥やごみの中に娘の亡骸を発見するまでは。疫病にかかった者の証、黒い血管が全身に浮き出ていた。


 すぐさま村中にこの件が伝わり、両親は弁明空しく処置され家は周囲への延焼防止措置をされた上で焼かれた。が、息子ジョウは見つからなかった。


 病根を絶つべく探索が数日続き、参加していた青年が倒れた。黒い血管が、全身に浮き出ていた。青年と家族が処置され家が焼かれた翌日、今度は赤子に黒い血管が浮いた。新婚の若夫婦とその両親は自ら命を絶ち、赤子と共に家の中で炎に包まれた。


 それから、疫病が村を呑み込みつくすのに時間はかからなかった。黒い血管を浮かべた亡骸があふれ、処置も焼却も追いつかない。逃げ出した村人もいたが、すでに情報を得ていた近隣の者たちに、拡散を防ぐべく殺され焼かれた。


 ついに動くものが死骸を漁る鳥獣しかいなくなった村に、ただ一人の生き残りがいた。ジョウである。

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