第26話 戦闘・機人アイゼン③

 アラタの一撃はアイゼンを吹き飛ばし、壁へと叩きつけた。

 アラタは険しい表情のまま、剣を構え次の動きに備えている。


『今のはいい一撃であったな』


 ホワイトリリィの赤い宝玉からリリィの声が聴こえるが、その声色に楽観はなかった。


「だったら良かったよ。だけど…」


『そうさな、まだこちらの剣は届いていない』


 当然だ、相手は機人、この程度で終わらせて貰えるような軟な敵ではない。


 砕けた岩壁がポロポロと崩れ、それを振り払うかのようにアイゼンは立ち上がった。

 手に持ったアスカロンのエーテル刃は先程までと比べて、その刀身が時折形を崩しているようだった。


『漏れ出しているエーテルが減っておるな。それに伴って、再吸収していた大気上のエーテルの量も減りつつあるようだ』


「それはつまり?」


『奴のエーテルエンジンもそろそろ限界であると言う事だ。リミッターが外れたかのように基準値以上のエーテルを際限なく垂れ流しながら、吐き出したそれをリサイクルするかの如く、再び再吸収して過剰供給状態を維持する。普通にガタガタになるに決まっておる』


 これは先程の一撃からではない。

 これは今の彼女の限界が見えてきた合図だった。


 自らの放出した過剰なエーテル量を、再びその身へと吸収して機能の劣化を防ぐ、過剰量の吸収による自身の活性化を行うという一人で回していたサイクルは、やはり長続きはしない。


 それは、当の彼女自身もよく分かっていた事なのだろう。


 その表情に焦りはなく、だがしかし、その内に宿した戦意に未だ衰えはない。


 むしろ逆に、アイゼンは楽しそうに笑っていた。


『―――く、ふふふ。全く思う通りにいかんな。貴様らのお陰でここから未だ出られんばかりか、思っていた以上に、こちらの身体がもたぬと来た』


 これでは、人間を殺すどころではないなと、呟くアイゼン。

 あまり残念そうにも見えない様子ではあったが


『止まらぬな、同胞よ』


『止まらぬさ、我々は機人だぞ?……いや、貴様は違うか、一人ではただの半端者なのだし』


『はあ?半端者?想い人と文字通り一つになれる幸福感に優る長所が他の機人にあるとでもー?』


「よくもまあ、そう堂々と言えるな、お前」


『隠す必要性を逆に問いたいものだよ、アラタ殿?』


『口は回るものだな、気が抜けるよ』


 思わずジト目を向けるアラタと、開き直ったリリィのやり取りにアイゼンは笑った。

 蔑むような、見下すようなものではなく、思わず吹き出すように


『だが、いいだろう。貴様らは強者だ』


 アスカロンを構える。

 不安定なエーテル刃により多くのエーテルを送り、刃を安定させる。


 先程までのやり取りからの気の抜けた空気は一気に鳴りを潜めた。


 アラタもまた、ホワイトリリィを構え直す。


「へぇ……気でも変わったか?」


『幾多の有象無象を嬲るよりも、貴様らを道連れとした方が、まだ気持ちよく終われるだろうな…と、思っただけだ』


 出し惜しむ事はやめた。

 アイゼンは冷静に、今の状況から判断した。


 これでは勝てない。

 機人と人間の組み合わせがここまでとは思いもしなかった。


 ならば、相応にこちらも奮わねば無礼であるというもの。


 アイゼンは機人であり、兵器であり、しかしその意志は戦士だ。

 憎しの感情は人間を許すつもりはないが、彼女の本懐はそこにない。


 身を削る程の戦いの果てに終われるのなら、それはとても彼女好みな最期となるだろう。


『イグニッション』


 アイゼンが纏う全身の装甲から炎が吹き出す。

 吹き出した炎は、そのまま新たな武装を形作り出す。


 彼女の背に巨大な腕部が現れた。

 赤く、重厚な、意志を取り戻す前に彼女が纏っていた巨腕と酷似していた。


 重強攻型の重強攻型たる所以とは、その圧倒的な破壊力からなる。

 幾多の機人の中において、アイゼンとは最も高い攻撃力を誇る機種の一つなのだから


徹甲機腕パンチャーグラナーテ起動』


 そのまま背より分離した徹甲機腕はアイゼンを守るように、彼女の左右に展開した。


 アスカロンを地面に突き刺した。

 先程までとは違う、堂々とした姿勢。


 彼女の瞳に炎が籠もる。


 赤く、より赤く、熱く、より熱く


 炎は常に彼女の周囲で渦巻いた、その身体からも、彼女が立つ地面からも

 ありらゆる物が炎によって染められていった。


『……ふぅ』


 締め付けていた鎖から解放された様な、充実感があった。

 ゆっくりと、そして深く息を吐き出す。


『律儀に待ってくれていたとは、その隙に一撃でも加えればよかったものを』


「あんな炎に包まれてる中で出来ると思うか?」


『さあ?あわよくば、この首に貴様らの刃、届いたかもしれんぞ?』


 余裕のある言い回し、かなりの無茶をしている筈だというのにそれを思わせない態度。

 アラタから見ても警戒するに越した事はなかった。


 対してアイゼンは満たされていた。ああ、やはり、全力とはいいものだな、と。

 お陰で彼女の命は更に短くなった、恐らくこの戦いを耐えられたら上々と言った所か。


 エーテルエンジンの不調もより強く感じる。

 稼働し続けていく中で、時折火花も散っている。


 だが、最早気にする事ではない。


『今出しうる、これが本当の全力だ』


 叶わぬ報復よりも、彼女は目の前の強敵との戦いを望んだ、ただそれだけだ。


『このアイゼンは、言葉通りの死力を尽くす』


 彼女の意志に従うように徹甲機腕はその指先にある砲口を相手へと向けた。

 エーテルが指先へと集い、光を灯す。


『だから、応えてみせろ』


 再戦の合図はより強力で、より凄まじくあるものだ。


 指先の砲口、全10門から放たれるエーテルの光線が、アラタへと襲い掛かる。




「そうかよ、だったら俺達は真正面から突き通す」


『侮るなよアラタ殿、アイゼンは全力で叩き潰すつもりである』


「そんなの見れば分かるさ。じゃあ、俺達はそれを上回ってやればいい」


『はっ、簡単に言うものである…』


「嫌気が差すか?」


『いや?むしろそういうの大好きであるが?』


 リリィはホワイトリリィに再三となるエーテルの刃が纏われた。

 再びエーテルの刃はより長く、より大きくなっていく。


『私が見せたあの技、この姿ならば威力とて申し分ない筈である』


「ああ、ボロクソに言われた奴だな」


『そのリベンジである、さあ、横に振り抜け!』


 ホワイトリリィを横に構える。

 腰を低く、足に踏ん張りを着けた。


 そして


「切り払う!」


 横に一閃、その瞬間

 ホワイトリリィのエーテルの刃は、より長大となってそのまま、飛ぶ斬撃となる。


 薙ぎ払うように放たれた斬撃が、ほぼ横並びとなって放たれた十発の光線とぶつかった。


 斬撃とぶつかった衝撃で分散された光線は幾多のあらぬ方向へ飛び散る。


 威力は完全に拮抗し、光線を防ぎ切ったと同時にエーテルの斬撃も露散する。


『防いだっ!』


「いいや、まだだ!」


 爆発音と共に鋭い衝撃が肌に伝わる。

 確認するまでもなく、アイゼンは次の行動に移っていた。


『勘がいいな、人間!』


 背部ユニットに点火し、離れていた距離から一気に飛翔したアイゼンが迫る。

 アスカロンを突き出すように構え、また彼女の左右に浮遊する徹甲機腕が、握りしめた拳をアラタへと向ける。


 徹甲機椀の背部の噴射口もまた、点火する。


徹甲手弾パンチャーグラナーテ!!』


 徹甲機腕自体を一つの砲弾に模して、圧倒的な質量の塊が撃ち出された!


『おぉ、ロケットパンチ!』


「何で嬉しそうなんだ!?」


 時間差で迫る二つの巨腕をギリギリで避ける。

 だが、それだけで終わらない。


 一の右手、二の左手、だがまだ三の手がある。


『取らせて貰う、このまま!』


 アイゼン、突撃。


 回避によって体勢が崩れた所へアイゼンの握るアスカロンがアラタを捉えんとした。


『舐めるな!アラタ殿にはな、私がいる!』


 アラタの瞳が、リリィの叫びに呼応するかの如く金色に輝く。

 ホワイトリリィを左手に持ち直した直後、機械義手の右腕の装甲が開く、手甲の部分より赤い宝玉が露出する。


『エーテル障壁である!』


 リリィの意志により、まるで早送りを思わせる程の素早い動作でアスカロンへと掌を向ける。

 その瞬間形成された青い光を放つ円形の壁が、その突撃の勢いを受け止めた。


『っ……ほう、頑丈だ!だが、まだあるぞ?』


「なんだと?」


 アイゼンの笑みは崩れない。

 その瞬間、アラタの背後にて爆音が響いた。


『!?……あのロケットパンチ、Uターンして来ておる…追尾式であるか!?』


『あれほどの質量装備を使い捨てだと思うか?』


『……いや、冷静に考えてみれば思わぬな!』


「なにっ……納得してんだ、リリィ!」


 恐らく、後方より飛来する徹甲手弾こそが本命。

 自身をも囮とし、アラタの手を防いた所を挟み撃ちで文字通り叩き潰す。


 どうする?此処からどうやって挽回する?

 アラタの考え得る範囲の手段で防ぐ方法は思い付かない。

 人間が出来る範囲など高が知れているのだ。


 ならば、やれる事は決まっている。


「リリィ!」


 彼と一体となった少女、機人として対応出来るであろう機能も含めて、把握しているのは彼女だけだ。

 言うなれば丸投げである、だが適材適所とも言える。


『任されろ!』


 ホワイトリリィの宝玉は喜びを表すように輝いた。


 リリィのアシストにより左手は動かされ、ホワイトリリィを徹甲機腕へと向けた。

 そして、向けられたホワイトリリィの刀身が、二つに割れる。


 中心部に砲口が形成され、エーテルの収束が行われる。


『消し飛ばせ!』


 複合兵装ホワイトリリィ、砲撃形態ブラスターモード

 数秒の内に行われた準備動作の後、エーテルの奔流が放たれた。


 撃ち出された高密度のエーテル、徹甲機腕は回避の間もなくエーテルの塊に飲み込まれ、二つの爆発を起こす。

 爆発を起こした二つの巨腕は、辛うじて原型は残していたが、もはや機能していない。

 軌道を外れ、地面へと叩きつけられた。


『ちっ…やってくれる!』


「攻めの手は潰したぞ」


『まだ終わってないさ、人間!』


 エーテル障壁に罅が入る。

 アスカロンを突き通さんとする力が除々に押し出されている。


『最期まで…一分一秒のその間際まで!』


 アスカロンが障壁へと食い込む、障壁の罅は広がっていく。

 アイゼンの瞳の炎はより強く、より熱く燃え上がる。


 戦いこそが、今この瞬間が彼女の存在意義が満たされる時だ。


「障壁が割れる…!?」


『壁と削り合う趣味はない。その手に持つ剣をナマクラにするつもりか?』


「言ってくれるな…!」


『誰がナマクラかあ!?』


 歯を食いしばるアラタ、逆上したリリィの叫び声を背に、ついに障壁は砕ける。

 その勢いそのまま、突き出されたアスカロンはアラタの左胸へと―――


「うぐっ!?」


 届く前に、割り込ませた左腕の装甲がアスカロンを受け止めた。

 エーテル刃が僅かに装甲を通すが、完全に貫通しない。


 だが、その一撃から繰り出される衝撃は凄まじかった。

 アラタの身体はそのまま吹き飛ばされる。


『さあ、更に苛烈と化すぞ、我らの戦いは!朽ちてなお、このアイゼンは望む!奮起せよ、我が眷属ども!』


 アスカロンを横に振り払い、アイゼンの堂々とした声が響く。

 地面へと崩れ落ちていたボロボロの二つの巨腕にエーテルが宿る。


 アイゼンの号令に呼応し、修復も儘なってない状態だが、徹甲機腕は再びその役目を果たさんと再起動した。


『エーテル砲は使えんし、噴射機構も不調か。一度撃ち出せば、その時点で終わりか』


 再度、自身の左右に浮遊した徹甲機腕の状態を確認する。

 手札は限られる事となったが、次で決める。


 アイゼンは正面を見据えた。

 吹き飛ばされて、しかし既に体勢を整えたアラタは、ホワイトリリィを両手で構えていた。


「リリィ、さっきの砲撃は?」


『リチャージ時間があってまだ使えぬな。少々力み過ぎた』


「そうか。まあ、問題ない」


 剣さえあればいい。

 アラタの戦う手段はこれまでもそれ一本だったのだから

 更に今は、その剣一本でも戦い方の選択肢が大きく広がった。


 負けるつもりは、元々ない。

 死にかけを相手に命を明け渡すつもりも、一切ない。


 エーテルが渦巻いた。


 アイゼンは、エーテルエンジンに更に負荷を与えた。

 破損も時間の問題と、そう言い切れる程のエーテルの放出を促した。


 アラタもまた、内側から溢れ出るエーテルの全てをホワイトリリィへと纏め続けた。

 リリィによって解放された、この一撃に全てを掛ける。


 赤い炎を孕んだエーテルか。


 澄み渡る青空の如く輝く青のエーテルか。


 二つの力は相容れない。

 そのどちらかが絶えるその瞬間まで、二つのエーテルは荒れ狂う。


 最早、是非もない。


 次で終わる。

 アイゼンは、リリィは、アラタは本能で察した。


 両者は同時に動いた。


 地面を蹴り飛ばす勢いで、アラタは前へと跳んだ。

 自身の背部機構と、徹甲機腕の噴射機構を同時に点火させ、アイゼンは突撃した。



 ホワイトリリィはエーテルによって身の丈に迫る程の長刀と化し、アラタは横に薙ぎ払う為に左肩の辺りまで、ホワイトリリィを握る右手を振り上げる。

 アスカロンを下段に構え、左右の徹甲機腕を同時に撃ち出す。撃ち出したと同時に、アスカロンに込めるエーテルを増やし、アイゼンは必殺の備えとした。



 迫る二つの巨腕を、アラタは身体ごと回転させながらホワイトリリィを横に薙いだ。

 長刀と化していたホワイトリリィは、その刀身に二つの徹甲機腕を完全に捉え、そのまま両断する。今度こそ、ソレ等は完全に破壊される。



 二つの爆発を背にするアラタ。

 だがそこへつかさずアイゼンのアスカロンは彼を自身の間合いへと捉えた。

 先程と同じ、一度使えば二度目も使う。安直だが、回避が難しい状況で使う分には確実だ。

 己を一撃を本命とし、アスカロンを振り上げる。


 だが、アラタもそれは承知の上だ。

 相手のやること、することを全部、飲み込んだ上で打倒する。

 最初に言った通りにしか動かない、アラタは真正面から突き通すのだ。


「勝負だ」


『受けて立つ』


 回転斬りの勢いをそのままに、アラタはその一閃を叩き込む。


 エーテルを込め、刃をより厚くし、アイゼンは相手を得物ごと斬り上げ、両断せんとした。


 二つの必殺が、激突した。







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