第25話 戦闘・機人アイゼン②
炎は吹き荒れ、一帯を燃やす為にその勢いを増していた。
アイゼンを包んだ炎塊を中心に今いるこのドーム状の空間全てが灼熱の中に曝されている。
『……………この感覚は』
炎は燃える、熱風が吹く、空間を赤く染め上げ
未だ炎塊の中で、アイゼンは己の装いを除々除々にと纏め上げていく。
『……あの人間達ではないな。では…別のネズミか』
腹部のエーテルエンジンに刻まれた傷が疼く。
腹部周りの傷だけはやはり治らない、それほどまでに自身の修復能力は落ちてしまっている。
溢れ出るエーテルの勢いもゆっくりとだが落ちつつある。
再吸収する己のエーテルを持ってしても、落ちていく自身の力を賄う事が難しくなってきた。
『まあ、別にいいか』
些事であると、アイゼンは言い切れた。
アイゼンは閉じていたその瞼をゆっくりと開ける。
炎塊は四散していき、徐々に小さくなっていく。
『…ああ、やっとだ』
アイゼンの完全兵装が今形を為した。
『………ふ、ふふ、そうか、タダじゃ終わらんか』
アイゼンは確信していた。
死にかけの傭兵一人と明らかに弱い機人が一人。
今や完全となったアイゼンの前では敵ではない。
そう、残り少ない時間を少しでも節約する為、手間をかけずに、全力で一蹴するつもりであった。
だが、ことはそう簡単に終わらせないらしい。
これを忌々しいと思うか、もしくは
『感じるぞ、エーテルの鼓動を貴様等から』
アイゼンは、嗤う。
瞬間、残火の全てを吹き飛ばした。
全身を包む赤い装甲、刀身の全てをエーテルの光へと変えた赤い大剣。
炎の中から今、アイゼンはその姿を現す。
そして――――。
それと対となるように青白いエーテルの球体が、アイゼンの目の前で周囲の炎を吹き消した。
その瞬間、ガラスの様に割れる球体。
中から現れたのは一人、アラタ・アカツキ。
されど、その装いに変化があった。
元々着ていた軽装の装備と外套はそのままで、だが彼の四肢を見れば一目瞭然だった。
手足にフィットする程にスリムな白い装甲。
ニヒトの守備兵が纏っている鉄製の篭手やブーツと似ているが、洗練された機械的な形状は、どちらかと言えば目の前で対峙しているアイゼンの纏うソレと酷似していた。
何より、欠損していた右腕がある。
肩から指先にかけてを白い装甲で包まれた機械の義手。
より頑丈に、より柔軟に動かせる為に作り出されたアラタの為の新しい腕。
「……これで、仕切り直しだ」
炎も鎮まり、互いの変化が終わり、静かに対峙していた中でアラタがアイゼンへと口を開く。
先程までの死にかけの男ではない。
圧倒的な戦力差に心の折れかけた弱者ではない。
今は対等だ。今はお前を殺せるぞと、アラタの目は鋭さを増した。
彼の瞳は、リリィと同じように金色の光を放っていた。
「さあ、
アラタは言った、そしてその声にリリィの声も重なった。
今の彼と彼女は二人で一つ。
機人リリィ・ホワイトの持つ特異性が表れた姿である。
アラタとリリィは二人して生き残る為の選択肢を選んだ。
しかし、このままでは、どちらにしろアイゼンという脅威に対してこれを退けるどころか逃げる事とて困難だ。
だが、その困難をどうにかする為の手はある。
元々、リリィは使うつもりがなかった手段、機人として彼女本来の力を引き出す方法。
「……正直言えば、これからする事は、あの兄の思惑にも則ったものである。それだけが、どうしてもいけ好かない」
「俺を道具として利用云々、だったか?」
「ああ、私はそれも否定したかった。機人とか、その戦いの為のパートナーとか、そういうのと関係なく、私達は惹かれ合ったのだと言い張りたかったのだがね」
そう言って苦笑いを浮かべるリリィ。
だが、そうは出来なかった。
結果、彼女はアラタの傍から離れる決意をし、挙句の果てに死のうともした。
踏ん切りのついた今となっては、これまでの苦悩も大した事ではない。
だが、だとしてもだ、嫌いな奴の言う通りに事が進むというのは、やはり受け入れ難い話である。
「気にするなよ」
「ぶむ」
拗ねた、ぶーたれたリリィの頬をアラタは人差し指で突いた。
間抜けな音を立てるリリィ、それに構わず言葉を続ける。
「言いたい事は言わせればいい、だけど、俺達はそれをその都度否定すればいいだけだ」
「アラタ殿…」
「俺だけじゃない、お前だけでもない。俺達二人の意志で決めた事だ」
そもそもが、生き残る為だ。
強制力?何だっていい、
「やろう、リリィ。俺の命を、お前に預ける」
「……ああ、預かるとも、アラタ殿。だから」
リリィは真剣な眼差しで彼を見つめる。
アラタの左手を両手で包むようにして胸の前で触れた。
「あなたは、私を握っていて欲しい。最期まで、何があろうと」
―――
それは、これまでの自律戦闘型の機人へと捧げられてきたコンセプトに反する思想の下で設計された過去の文明にて第二世代と評された機人。
即ち、融合型に求められたコンセプトとは、パートナーとなる人間の補助を行い、人間に機人と同等の力を与える事である。
文字通り、あくまで彼女達を一つの兵装として、リソースの全てを用いて物質の構成・分解に特化させた機人。
通称、ユリシリーズと呼ばれた一人。
正式名称はホワイトリリィ、現在の名をリリィ・ホワイト。
ただ逆にしただけでほとんど変わっていないその名を持つ少女が得意とするのは様々な状況に対応出来る汎用性に富んだ兵装の構築。
つまり、近・中・遠の全てにおいて水準以上の実力を発揮する事が出来るという事であり、そんな彼女を使いこなす事が出来る纏い手がパートナーとなってしまえば
彼女はその力を遺憾なく発揮する事ができる。
そうなれば、彼女を纏った者を、従来の機人にも優るとも劣らない存在へと変えてしまう事だろう。
「
アラタ・アカツキの右手にエーテルが集う。
集ったエーテルは物質化し、その形を長剣へと変えた。
シンプルなデザインの銀色に輝く長剣。
鍔に嵌め込まれた赤い宝玉が輝いた。
その剣は白百合の名を冠する。
複合兵装ホワイトリリィである。
『…やはり、嫌ではないな』
赤い宝玉からリリィの声が響く。
これは、最も物質強度の高いリリィ・ホワイトが剣そのものとなる。
「気持ちの持ちようだな、リリィ」
『そうであるな。だが逆にこれで良かったと思ってさえいるよ』
「と言うと?」
『ただの女であれば、あなたの目的の足枷にしかならなかったから』
楽しげなリリィの声色が届く。
一緒に戦えるという事は常に一緒だとも言える。
やはりリリィという少女は大分重たい感情を持っている。
まあ、悪い気がしないと思うのはやはり男の性という奴なのだろう。
『随分と余裕が生まれたようだ。斬り落とした腕も取り戻したと見える』
リリィとアラタの会話に割り込む様に、アイゼンはアラタへと一気に迫った。
その両手には大剣を握り、エーテルの刃と化したアスカロンを先程までの比ではない程の速度で振り下ろす。
『試してやる、人間』
それに対し、アラタはホワイトリリィを下段に構えた。
両手で強く柄を握ると、その刀身に青いエーテルの光を纏わせた。
「試されてやるよ、機人」
不敵に、そして軽口も崩さずに
アラタの剣はエーテルの残光を残しながら、アイゼンのアスカロンを迎え撃つかのようにホワイトリリィを振り上げた。
瞬間、閃光が走る。
膨大な衝撃、目も眩むような光。
エーテルと質量のぶつかり合いからの均衡は長く続かず
ほんの数秒の後、互いは反発する磁石のように後方へと弾き飛ばされた。
『っ……面白いな、中々だ』
「だったらもっと付き合ってやる」
体勢を整え、再びアラタは剣を構える。
これまでよりも、より強靭に、より速くなった足は、地面を抉りながらも一気に加速する。
アイゼンよりも速く、攻勢に回り、踏み込む。
「遅いんだよ!」
『速さだけで、このアイゼンは抜けんさ!』
再び刃が交わる。
二撃、三撃、四撃と続く度に、互いの装甲は削れる。
互いの傷は増していく、しかし止まらない、止まれない。
アスカロンの一撃がアラタの連撃を諸共に吹き飛ばす。
ホワイトリリィの連撃はアスカロンを振るわんとするアイゼンを封殺する。
『――――ふ、ふふふふふふふっ!』
アイゼンの口弦が釣り上がる。
気が昂ぶる、戦いは文字通りの死闘となり、互いを削る勢いが衰えない。
幾多の交差の後、刃がぶつかり合う。
鍔迫り合いとなり、その動きを一度止まれば、互いの表情が垣間見える。
歪に、されど高揚する、死合を悦ぶ奴等の顔だ。
『……どうした?このまま時間切れでも狙うか?』
挑発するように、アイゼンは問う。
「そうだな、それもいい。そっちの方が変な冒険をしなくて済む」
だが、と最後に言葉を付け加えた。
アラタの剣が、徐々にだがアイゼンを押しつつあった。
『なに…?』
「お前は倒すよ。そうじゃないと、俺の気が済まないんだ」
青いエーテルが再び銀色の刃へと宿る。
それはそのまま、巨大な刃へと形を成す。
アイゼンの足が、後ろへと引いた。
『力負け、だと?』
「…これは手向けだ。その為の一撃だよ、グレイ」
エーテルの刃は、アイゼンの握るアスカロンに比肩しうる程に長く、大きく、そして―――
「受け取れ」
振り下ろしたホワイトリリィは、構えたアスカロンごと、アイゼンを吹き飛ばした。
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