第23話 戦闘・機人アイゼン①

機人エクスマキナとは、その姿形を人間のモノとしている。


自律型の兵器という側面を持たせる為、また、人間以上に優秀な素体が存在しなかったという理由もあったが故の人型。


ならば、兵器として生まれ変わった彼等彼女等は、感情を不要として削除されたか、と言われればそういう訳ではない。


開発者の中にも酔狂な者はいたものだ。

兵器であると同時に、彼等もまた人ならば、人らしくあるべしと謳った者がいた。


それは何と残酷な事だろう。


機人に人間と同じような情緒を残そうとするならば、一度は考えてみて欲しい。


一人で数十を、数百を、数千を殺す役目を強制する。


それを人間に課すという事は、一体どれほどの業となるのであろうか。


機人を人間と同じであるとするのなら、生まれながらの殺戮者であると決められた彼等、彼女等の心を侵すものは何であるのかを、しっかりと考えるべきだったのだ。






世界に色が戻ってきた。

心が戻ってきた、感情が戻ってきた。

人であった頃の記憶が戻ってきた。

機人の、彼女の名が戻ってきた。



『―――アイゼン』



重強攻型ヘビーアームズ・機人アイゼン。

そう、名付けられていた。


巨大な手足が砕け散った。

金属に覆われたソレから現れた、細く白い人本来の四肢。

浮遊しながら、ゆっくりと地面へ足を着ける。


二メートル近かった体格は手足のリーチを失い、全長も160センチ程となった。


頭部装甲の一部が砕ける。

隠されていた彼女の口元が見え、装甲の隙間からは夕日を思わせるような朱で染まった長髪が溢れ出す。


『…………』


そして、胴体を守っていた装甲が、ボロボロと崩れ去る。

突き刺さっていた剣もまた、砂のようにその形を崩していった。


アイゼンは一糸まとわぬ姿を晒す。

腹部には大きな風穴と、その中で浮かぶ球体型のパーツ、エーテルエンジン。

深い切り傷が刻まれたソレからは赤い光が今もなお放たれ続けている。


重りであったすべてが、こうして取り払われた。


自身の感覚を思い出すかのように手足を動かしながら、へたりこむアラタの姿を視界に捉えた。


最早戦う術はない、隻腕の傷だらけの青年。


アイゼンは先程までの戦いを憶えている。

彼女の中の記録装置はしっかりと生きていて、その戦い様をしっかりと脳内へと焼き付けていた。


それと比べてみればどうだ、今の彼は脅威とならない。

最早、放置した所で一体何が出来ると言うのだろう。


機人は本来、無用な殺生は好まない。

殺戮を楽しむとは嗜好の領域の話しであり、本来の責務を果たす際には不要な要素だ。


だが、そんな事など構うものか。


アイゼンは巨剣を拾うと、その刀身を半ばから叩き折った。

折れた箇所に片手を添えると、折れた巨剣は瞬く間にその形を変え始めた。


その刀身は今のアイゼンの背丈に合わせ、一回り短く構成された。

刀身の先は割れ、そこからは赤い光が溢れるが、瞬く間に刃の形を作り出す。


刃が、柄が、鍔が、全てが赤くなっていく。

アイゼンの背丈と同じ程の大剣。


専用兵装アスカロン。

アイゼンの唯一無二の得物である。


アスカロンを無造作に片手で振るった。

そして突き出した切っ先が、アラタへと向けられる。


『………』


よくも傷つけてくた。

よくも土をつけさせてくれた。

たかが人間が、たかが被食者が、機人の足元にも及ばない塵芥が


負の、憎しみの感情。

きっとそれはアラタだけに向けられるものではない。

人間に、己を弄んだ者に向けて、何百年、何千年経ってようが、とっくに死んでようが今更関係ない。


当たり散らかす。

あまりにも幼稚で、されど危険な感情の発露であったが故に、手始めにアラタへとその大剣を振り下ろす。


アラタに、抵抗する術はない。

最早、アイゼンの姿を視界に入れる事さえしなかった。











だからこそ、それを止めたのは明らかな第三者。

戦える者の介入だった。


火花が散る。

アラタを守る様に白い装いの、黒の長髪の少女がその一撃を妨げた。










「―――――危なかった」


聞き慣れた声。

アラタは思わず顔を上げた。


すると、やはりそうだった。


「……リリィ?」


リリィ・ホワイト。

朝からその姿を消しアラタが気にかけていた、謎多き少女。

いつもと変わらぬ姿で、しかしその手に握っている得物は


いや、握っているのではない。


「……その腕は…」


「…誤魔化せぬよな、流石に」


困ったようにリリィは笑っていた。


アイゼンの剣を己の剣で受け止める。

ただ、それだけではなかった。


リリィの右腕は手首当たりから変容していた。

右手は金属そのものとなり、その甲から白銀の刃が伸びる。


『………貴様は』


「喋るか、まだ自意識が生きていたようで何よりである」


雑音が混じり合った女の声。

しかし先程までと違い、そこには感情が乗っていた。


『…………想定外だ。何故人間を守るように動いているのか』


「あら?私が何か分かるのなら、その問いは愚問であるよ」


一歩も引かず、アイゼンの一撃を真正面から受け止める。

押し返される訳でもない、拮抗した力比べにもつれ込ませたその膂力。


「……本当は、見られたくなかったのだ」


『なに?』


リリィは唖然としたアラタの顔を見た。

だからこそ、思わず吐き出してしまう。


リリィはリリィ自身と向き合いながら、この場に立っている。


異常性をはっきりと見られた後悔、自身が人間ではない事を察せられた事による後悔。


ならば、今こうやって動いた事に後悔はあるか?


「…いいや、それはないのであるよ。リリィ・ホワイト」


『先程から……一人で何をぶつくさと…!』


「独り言であるよ!気にしてたらぁ…!」


リリィの刃が光を纏った、そして


「ドーン!!である!」


その瞬間、アイゼンは押し出されるような強い衝撃に見舞われた。


『っ!?』


青白い光が視界を白く染め上げたと思えば、その体は後方へと吹き飛ばされた。


『…ちっ!』


しかしそこから、受け身を取る。


地面を抉りながらも、その身を転倒させる事なく、アイゼンは足を着いた。


何がおきた?理解が追い付かずにいた。

その手に握ったアスカロンを見れば、その刀身は赤熱化し、鉄を焦がし続ける音を立てていた。


「残念である。やはり、その兵装は抜けぬか」


リリィの手甲から伸びた剣はその根本からポッキリと折れてしまっている。

その右手からは青い光が発せられていた。


だがそれだけで、アイゼンは理解する。


『……なるほど、中々器用な戦い方をする』


エーテル粒子を刃に定着させ、固定化させる。


本来は武器の切れ味を上乗せする、機人が得意とする技能の一つであるが


『刃の形で固定化させ、そのエーテルを飛ばすか』


「よく分かったであるな。私の得意技の一つである」


『そのようだ、確かに真似は出来ぬな……とはいえ、所詮は小手先の足掻きだ』


威力はない。

少なくとも、機人にとって脅威足り得ない。

よくて牽制、相手の意表を突く程度の小技だ。


『このアイゼンには、通じない』


「………はっ、そうであるか」


リリィは再び右手より刃を伸ばし、構えた。

後ろには守るべきアラタがいる、故に彼女はその場から一歩も引くつもりはない。


『くだらん』


アイゼンはそんな彼女の姿を冷笑した。


頭部装甲に亀裂が走る。

そのまま亀裂は装甲全体に広がり、砕けた。


彼女の顔が露わになった。


『これで、よく見える』


埃に塗れ、血で、傷で、汚れた肌。

黒い眼球の中で炎のように赤い瞳が一際輝く。


『死にゆくのみの、このアイゼンの望みを教えてやる。同胞よ』


何かを求めるように手を伸ばす。


『人間は殺す。邪魔するものは殺す。その為に命を燃やす、燃やし尽くす』


敵を求める、人間を求める。

全てを壊し、殺す為に


時間が許す、息絶えるその瞬間まで




『イグニッション』




その言葉が、発動の条件。

アイゼンの周囲で漂うエーテル粒子が赤く、熱く、その性質を変えた。


炎だ。


巨大な一つ炎塊がアイゼンの背後で生み出され、そしてそのまま、アイゼンの全身を飲み込む。


エーテルを、自身を燃やし、この身に全盛を取り戻す為に。


そして同時に、エーテルの炎は吹き荒れ、その周囲を飲み込まんとした。

当然、彼女と対峙していた二人が巻き込まれない筈がなかった。




「アラタ殿!?」




リリィがアラタの上に覆いかぶさるように、その体を抱きしめた。


アラタは、彼女の背から、炎が波となって飲み込まんと迫る光景を見た。









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