第22話

 エーテル粒子の暴走。

 エーテル波として周囲に発信するとソレとは違う、純粋なエネルギーとしての状態のまま、エーテルの制御もままならず、外部へと吐き出し続ける状態。


 機人は今、己の命を放出し続けている。

 時が来れば、やがて力尽きその動きを完全に止めるだろう。


 アラタの勝ちだ。

 右腕を失い、グレイの捨て身に助けられ、やっと手にしたものだった。


 このまま、何もなければ全ては終わるだろう。

 そう、何もなければ


 ほんの一瞬だったのか、それなりの時間が経っていたのか。

 吹き飛ばされ、壁に叩きつけられ、気付けば意識を失っていたアラタは、目を覚ましていた。


 手を着き、立ち上がろうとした時、思わずバランスを崩し横に倒れてしまう。


 ああ、そうだったなと、彼は気を失う直前のことを思い出した。


「右腕、持って行かれてたな…」


 何故か、右腕から流れていたであろう血は止まっていた。

 止血した?いいや、そんな事はやっていない。やれる筈がない。

 その証拠に、彼が気絶していた場所には血溜まりが出来ていた。


 服の一部を自身の血で真っ赤に染めていた。

 血溜まりも、まだ乾き切っていなかった。


 左手を地面に着き、ゆっくりと立ち上がった。

 多くの血を流したというのに、多少の気怠さを感じるだけで、動く事に支障はなかった。


「…変な感じだ。何故か、少しだけ身体が軽い気がする」


 隻腕となった。

 しかし失った右腕の痛みは既にない。

 身体を動かす事による倦怠感もない。


 アラタは、視線を向けた先に蹲る機人の姿を見た。

 背中から漏れ出しているエーテルの赤い光はそのままで、動きを止めたままのように見える。


「……グレイ」


 機人の傍で倒れる彼の姿を見た。

 歩き寄り、彼の傍まで来れば、改めて今の彼がどのような状態か、見る事が出来た。


「…………アカツキさま……」


 血溜まりの中に彼の上半身はあった。

 機人の斬撃は、容赦なく彼の身体を上半身と下半身とで断ち切っていた。


「……人って案外頑丈ですね…こんな事になったら、普通は即死するんじゃないかと思ってました……ふふ、よかった」


「………何も、よくないさ。これじゃ」


「いいんですよ……あなたと、お話できます」


「……っ」


「…怖い顔、してますよ…?」


 グレイの傍に膝を着き、アラタは彼の顔を見た。

 アラタを気遣うように、グレイは笑顔だった。


「………引け、と言いましたね、あなたは」


「ああ、言ったさ。でなければ全滅していた」


「…ですが、生き残れました…」


「お前がチャンスを作ったからだ。ふざけるなよ、俺はお前を逃がすつもりで覚悟を決めていたんだぞ、なのに」


「…そうですねぇ…」


 穏やかな声色だ、なんて事のないものを考えているような


 痛みさえも感じていない、己の最期を受け入れた姿だった。


「アカツキ様と、一緒です」


「なに?」


「死んで欲しくないと思いました。ただ、それだけです…」


「………そうか」


「はい…」


 グレイはただ残念に感じた。

 身体は起こせない、何故ならその半身は既にないから

 手を伸ばせない、伸ばす為の腕もまた千切れ飛んでいるから


 アラタは、彼の頬に触れた。

 グレイは、それが握手の代わりであると、何となく思った。


 友愛の証であると、何となく思った。


「……ありがとうございます、アカツキ様」


「いいや、こちらこそ、ありがとう」


 安心してしまったせいだろう。


 グレイの意識は除々に朧げなものになりつつあった。


 はっきりと見えていた彼の顔が、その輪郭を歪めつつあった。


 そしてすぐに、何も見えなくなってしまった。


「グレイ」


 アラタの声が聴こえた。自身の名前を呼んでくれている。

 聞こえればまた、安心する自分がいる事に内心苦笑した。


 受け入れていたつもりでも、最期の最期に名残惜しくなる。


 グレイは夢想する。

 彼と良き友人となれた未来を、彼と語り、彼と助け合い、彼と一緒に、自身の発明で霧の世界を切り開く未来を


(そういう未来も、あったのでしょうか、アカツキ様……それはなんて、素敵な事なのでしょう…)


 良き夢を見られた。


 そのまま眠るように意識が消えていく。

 それはとても、幸せなことだ。










 光を失った瞳がアラタを見つめている。

 それを隠すように、アラタの手はグレイ・スタープライドだったものの瞼を閉じさせた。


 グレイの瞼を閉じた後も、アラタは少しの間、彼の顔を見つめていた。


「……依頼主とそれの受注者であり、関わった期間も短く……だけどお前の事はよく知る事が出来たと思う」


 個の強い人物だった。

 年上とは思えないように純粋で、その純粋さが形になったような幼い容貌で

 自身の研究に、発明に熱心であり、それらに目を輝かせている姿を幾つも見せてくれた。


「……せめて、亡骸は持って帰りたいが…」


 せめて墓を、体だけはニヒトへと


 しかし


 唐突にアラタは背後へと目を向けると


 止まっていた機人の周囲には赤い粒子が漂い、集まろうとしている。


「………そう来るのかよ、次は」


 アラタは今、考える事を放棄したくなった。

 これから起こるであろうこと、そんな事は嫌でも予想がつく。


 まだ終わってはいない。


 自壊するのみだった機人は、最後の残り火がゆっくりと消えていくだけである事を、良しとしない。


 力なく地面に広げられていた腕が動く。

 金属の腕部装甲に包まれた手が地面を強く握る。


 足が動く、身体が、全てが、金属音を立てながら少しずつ、立ち上がろうと


 無防備だ、奴の傷が消えた訳ではない、背中に突き刺さった剣もそのままだ。


 だが、動けない。

 否、動けるほどの気力が湧かなかった。


 アラタは力なく、その場へとへたり込んでしまう。


 歩くのも精一杯だった。

 多くの出血を強いられた割には、彼の身体に明らかな不調は表れなかったが、体力が戻った訳ではない。


 すべてが終わったと、全力を出し尽くしたと

 そう思えた所に、さらなる仕打ちが待っている。


 そんなもの、心が折れそうになっても仕方がないではないか。








 機人の心臓部とされる、エーテルエンジンにはエーテルの自己生成の機能と同時に外部からのエーテルを取り込む為の機能も備えていた。


 エーテル粒子消費量に生成量が追い付かない場合、外部コンデンサーからの補給による緊急的な回復手段として用いられる機能であったが、エーテルエンジンへの直接攻撃による衝撃で機能不全から回復したのかもしれない。


 暴走によるエーテル粒子の放出に対し、エーエルエンジンは緊急的回復処置として、大気に充満した粒子を再び取り込み始める。


 吐き出したものをそのまま吸い込む、ただそれだけのサイクル。


 それで機人が完全に復活する訳ではない。


 そもそもが破損したエンジンのままでは、いずれその過剰放出の負担に耐えられずに破損し、機能を停止する事だろう。

 どちらにしろ、長くはないのだ。


 だが、暴走により本来の生成量を超えて吐き出され続けるエーテル粒子を外部吸収によって再びその身に集めたこと。


 そして、集め続けられるエーテルによってその身が満たされる事で機人の機体は強制的な活性化を促されるということ


 最初で最後の全盛期への回帰。


 それを、目の前の機人は為そうとする。



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