第21話 戦闘・自壊する機人②

 ―――俺が引き付けている間に離れるんだ。離脱し、ニヒトへ引け。


 アラタにそれを促されて、それに対しグレイはそんな事出来る訳がないと憤慨しかけた。


 彼のような優秀な傭兵を自身がもたらしたイレギュラーで死なせてしまう事が耐えられなかった。

 彼のような理解してくれた相手を見捨てるなぞ、出来る訳がなかった。


 だが、憤った所で何か出来るのか、そう自身に問われれば、それは答えられずに口をつぐむだろう。


 グレイ・スタープライドは見ている事しか出来ない。


 当然だ、彼は傭兵ではない。

 戦う力を持ち合わせていない、今この場では何も出来ないただの弱者だ。


 だからこそ、アラタの言うとおりせめて邪魔にならぬよう早々に離れるべきだ。

 どちらにしろ、彼がここにいた所で、彼の生死を左右する要素がなければ何の意味もないのだから


(…そんな事は、分かっております!ですが、それでは余りにも…!)


 それでなお動けず立ち尽くしているのは、グレイの迷いだ。


 だが、震える者が立ち止まっている間でも、状況は進み続けていく。


 片やあらゆる意味で常識の範疇を超えたような敵。

 それに対し、必死となって立ち回るアラタ。


 時には転がり、時には跳ね、隙あらば懐へ入り込み一撃を加える。


 アラタは機人の攻撃を全て凌いでいる。

 ただ避けるだけじゃない、隙を見出し機人へと確実な攻撃を繰り出している。


「すごい…」


 アラタという傭兵が一体どれほどのレベルの戦士なのか、素人のグレイには判断はつかない。

 だが、彼が相対する敵がどれほど強大な存在であるかは知っている。


「…機人エクスマキナ…」


 彼がこれまで調べてきた遺物に関する多くの資料、その中で未だ発見例が少ないとされる軍事に関する遺物。

 資料の中で自立稼働型戦闘ユニットと称されるソレと恐らく同一であろう存在が、今目の前にいる。

 一騎当千をコンセプトとして開発され、一で十を、百を、千を殲滅する事を目的とした戦闘に特化した超兵器。


 見たところ、長い時間の中で各部の経年劣化も激しく、損傷している箇所もある。

 万全のポテンシャルは発揮出来ていまい。だがそれでも脅威である事に変わりない。


 少なくとも、人間一人でどうこう出来るものではない、まさに逸脱した存在。


 そんな相手と対峙して、未だ生き延びている。


 彼は強い。

 ニヒトの傭兵の中で彼に優る武勇の持ち主はきっといない筈だ。

 そう断言出来る、だが


 それでも、勝てる訳がない。


「剣一本で与えられるダメージなんて高が知れています…幾ら機人がボロボロでも、致命傷とするには心臓部を破壊しなければ…っ!」


 瞬間、爆発。

 何度目かの地面の破砕音が、より戦闘が激化していっている事を表している。


 アラタを視界に捉えようと機人も動き、距離を取って様子を伺っているグレイに対して背を向けた。

 グレイの存在も把握している筈だが、気にも留めていないのだろう。警戒する必要がないと判断したというべきか。


 だが、そのお陰なのだろう。

 機人の背部装甲にある隙間を見つける事が出来たのは


 その隙間から、赤い光が漏れているのを、グレイは見逃さなかった。


「……なるほど、だからなのですね、あのエーテル反応は…!」


 僅かでもいい、例え勝率が未だに低いままであろうと、今はほんの少しの可能性でさえ彼の希望となる。


 それを見つけてしまった、ならばグレイは覚悟を決めた。

 どうやってアラタの邪魔をせずに、なおかつ相手の弱点を伝えるべきか。


「おそらく今のアカツキ様は限界ギリギリでの戦闘の筈…機人も時たまに動きが遅くなっているのは思うように身体が動かないからでございますね……一度でも、それが例え一瞬だろうと機人の気を引いてしまえば、その隙をアカツキ様は突いてくれる…」


 この空間で利用出来そうなモノはない。

 ならば頼れるのは己自身、そして後は―――。


「…やってやりますとも!わたくしと、わたくしの発明で!」


 グレイは駆け出した、グレイ号の下へ。

 念の為の備え、それを引っ張り出して来る為に







 十分か、二十分か、どれだけの時間が経過したのだろう。


 いや、本当に経ったのだろうか?本当はまだ僅かな時間しか経っていないのではないか。

 研ぎ澄まされた感覚が、一瞬の間際を永遠なものへと感じさせているのかもしれない。


(まだ死んじゃいない…だが、これは生きていると言えるのか?)


 傍観に近しい感情がふと頭の片隅に過る程度には、集中力が途切れ始めている。

 気を抜けば死ぬと、そう自分に言い聞かせていると言うのに


 勝ちの見えない戦、今それに挑んでいる理由とは何なのか。


 それは傭兵としての吟味か。


 依頼人は守り抜く。

 ましてや、情が湧いた相手となれば尚更だ。


 しかしアラタのそんな決意をも打ち砕くように、機人は無慈悲な一撃を叩き込む。


 巨剣は変わらぬ威力で破壊を繰り返す。


 それは何度目か。

 即死は避けた、致命傷も避けた。

 されど間近で浴び続ける圧倒的破壊力とは、その余波だけでもその身を削る刃と成り得る。


 攻撃を避け、距離を取る。されどアラタの身体にはまた傷が増えた。

 アラタは既にボロボロだった。


「……あぁ、クソが…!」


『………』


 岩壁は砕け、地面は割れる。

 ズタボロと化した周囲の惨状の中で、アラタは意地を張るようにしっかりと二本足で立っている。立ち続けている。


 対峙する敵に、心で負けぬように。


 機人は残心を取るように巨剣を横に一振りした。


 元より傷ついていたボディはそのまま、時たまに動作が鈍くなるし、各所で火花が散る。

 だがアラタが与え続けた攻撃の全ては浅い傷を増やすのみだった。


(生身の部分を狙えば、確かに剣は通ったが…通っただけだったな、これ)


 初撃で与えた脇腹への斬撃もそうだった。

 腕を、足を、動きを止めんと狙い澄ました。


 だが効果はない。

 剣での切り傷程度なら、すぐに塞がってしまう。


 自己修復機能ナノマシン

 現状のアラタが知る由もない、機人が機人たらしめる能力の一つ。

 血が流れば、すぐに止まり、腹に風穴が開けば、それも除々に塞がっていく。

 アラタの目の前のソレの場合、その機能も大分落ちており、完全再生とまではいかないが、切り傷を塞ぐ程度だったら何の問題もなかった。


 つまりだ、それがもたらす結論は残酷だ。


『侵入者、排除』


 最初のような精細さはなくなりつつある。

 は、その利点さえもなくしつつある。


 機人は判断する。

 不法侵入者アラタが何かしらの立て直しを行う前に、一気に決める事とした。


 対してアラタは、動きは止まった。

 戦意は既に下がりつつあった。


 だがそれでも動いていた理由、アラタが死力を尽くしていた要素、相手。


 ふとアラタはグレイが立っていた場所を見た。

 年上だが幼い彼の姿はこの空間にはなかった。


(…ちゃんと、言われた通りに逃げたか。ゴネて留まるって事しかねんと思ったけど……ちゃんと理解してくれたな)


 安堵した。

 指示通りに動いてくれた事に、ああ、ならば

 彼が意地を張り続けた理由も無くなってしまった。


 限界だ、そして同時に非常な答えを見せつけられている。


 百分の一だろうが、千分の一だろうが、アラタには無理だ。


 機人をどうにかして、彼が生き延びるビジョンが見えない。


 隙を見て今から逃げ出せるだろうか?


「…無理、かなぁ…」


 基本的な動作はその大きさに見合わず、素早い。

 まれに動作を鈍らせてくれるお陰でアラタも何とか凌げていた部分もあったが、単純な移動速度なら恐らく、アラタを上回るだろう。


 機人は淡々と迫り続ける。

 巨剣で刺突の構えをし、腰を低めた。


 機人の背後で赤い光が放たれた。

 その背部に付いている、大型の噴射機構に火が付けられた。


「…はっ、何だよそれ。まだ見せてない手があったのか」


 ケリをつけにきたか。

 そうアラタも察し、残りの気力を振り絞り剣を構えた。


 何も出来ない?状況を打破出来ない?

 ならば、諦めるか、死ぬか、何もせずに棒立ちとなって


 冗談ではなかった。


 アラタには目的があった。

 傭兵とはその為の準備を進める為の手段でしかなかった。


 今やそれも叶わないだろう、彼はここで志半ばで倒れるだろう。


 だが抗う事をやめれればどうだ?

 アラタがこれまで積み上げてきたプライドは、吟味はどうなる?


 勝負を諦めた弱者として、最期を迎えるのか?


「同じ最期なら、せめて俺が満足する最期で」




 後は、もう一つある心残りが、彼のお条際の悪さを引き伸ばす。




「リリィ…せめてちゃんと話してから、顔を見せて貰ってから、この依頼に挑みたかったよ」

















「アカツキ様!」


 それは突然響きわたった、グレイの叫び声だった。


 同時に、機人が繰り出すそれとは別の爆発音が、空間を揺らした。


 構えを取っていた機人の機体に電撃が走った。



『っ!?』



 グレイ・スタープライドの備え。

 グレイ号には万が一の為に自衛を行う為の彼の発明した道具が一部備え付けられている。


 今回はアラタという護衛がいた為、そして霧が発生しておらず、ミストも出現していないという状況判断の下、持ち出していなかった自衛用道具の一つ。


 再現遺物リプケイトユニット拘束球スタングレネード


 文字通り相手を拘束し、その動きを止める事を目的とした遺物の再現。


 この拘束球だが、再現元の遺物との違いは単純だ。

 元とは違い、拘束用とするにはあまりにも電撃の威力が強すぎる。


 対人治安用の遺物だというのに、殺傷に用いれるとしてボツになった発明の一つだ。

 これに関しては、時たまに対ミスト用で作られている場合もあるが


 ともかくだ。


 グレイは戻ってきた。

 そして、拘束球を用いての介入を試みた。


 わずかに一秒経ったかどうか、機人の動きを止めたのは

 だがそれだけでも充分だった。


 求めていたものは、機人にグレイが障害の一つであると判断させること


 僅かにでも動きを阻害した、という理由で優先対象をこちらへ向けさせる事だ。


 それは、成功した。



『侵入者、危険度更新』


 機人は、こちらに対しまともにダメージを与えられないボロボロの傭兵よりも、未知の攻撃にて機体に異常をもたらした弱者の排除を優先した。


 アラタに対して、背を向けたのだ。

 そして構え直した巨剣を振り下ろさんと、グレイへと迫った。


 狙い通りだ。


「アカツキ様!」


「っ……なぜだ、グレイ!?」


「背中です!装甲の大きな隙間!赤い光!」


「なにっ!」


「狙って!」


 喉が裂けんばかりの叫び声で、アラタの問いに答えずにグレイは要点をまとめ伝えた。


 伝わる、きっとこれで、大丈夫だ。

 グレイは目的を達した。


「…アカツキ様!」


「逃げろ、グレイ!」


「御武運を!」


 機人の巨体で遮られ、グレイの姿は見えなかった。

 だがグレイの声には、悲壮感はなかった。


 諦めか、信頼か、少なくともグレイにとっては

 今この瞬間、彼自身が取った行動に迷いはなかった。


 アラタはそれを理解した。だが、同時にその後の光景もまた容易に予想出来た。


 アラタは駆けた。

 機人の背へと目掛けて、グレイが文字通り命掛けて伝えた弱点を突くために


 そして、それよりも早く


 機人が巨剣を振り下ろし、地面が爆ぜた。

 地面が砕け、飛び散る中で、赤い血もまた飛び散った。





 斬り分けられたグレイの上半身を、アラタは見てしまった。






「――――うおおおおおおおおおおおお!!」


 アラタには、動揺も躊躇もなかった。

 より強い、覚悟を決めた。


 必ず仕留める、その意志はアラタを引き立てる。


 感情が、限界を凌駕する。



 機人が目標を斬り捨て、振り返る。


 アラタは吹き飛ばされた。

 振り向きざまに斬り上げられた機人の一撃は今度こそアラタを捉え切った。


 吹き飛んだ先で機人を睨みつけるアラタの肩から先、剣を握っていた右腕が、ない。


 だが

 アラタは届いていた。


『―――――――っ!!??!!!?』


 機人の動きは止まり、そして絶叫か、もしくは絶叫のような何かか。

 耳障りな音が空間全体に響く。


 膝を着き、蹲る、その機人の背中には、アラタの剣が突き刺さっていた。


 剣の切り口から、赤い光が止め処なく吹き出した。



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