第19話
「変わった場所だな…」
調査拠点内部の様式は、アラタの知るものとは異なる見慣れないものであった。
石や木製とも違う壁や床、触れてみればザラつきのないどれもツルッとした感触をしている。
そこらで確認出来る棚や椅子などの家具でさえ、これらの床や壁と同じ様な材質の物で作られているようだった。
「やはり
周囲を見渡すグレイ。
外にいる時に出していた正方形の機械が、その手には再び握られている。
その機械から確認が出来たのか、悩ましげに溜め息をついていた。
「エーテル反応……更に奥からですねぇ…」
「グレイ?」
「あ、お待たせしましたアカツキ様!霧が発生していない理由が分かったのですが…」
「にしては、納得していないって顔してるな」
「そうですね…え、なぜ?って気持ちの方が勝っちゃって」
うーむ、と表情を顰めたままのグレイ。
何時になくテンションも低く、腕を組んで考え込んでいるようだった。
アラタとしては、一体何がなにやらという心境なので、今はグレイの知能と考察に任せるしかない。
「アカツキ様、どうして要塞都市ニヒトが霧に包まれていないのか知っておりますか?」
考え込んでいたグレイから、唐突にそんな事を問われた。
「霧の発生を防ぐ特殊な遺物がある、と聞いた事はあるが」
アラタは少し考える素振りを見せた後、自信なさげに答える。
グレイはニッコリと笑みを作った。どうやら見当違いな回答ではなかったらしい。
「そうですね、遺物です。ゾルダードギルドより提供された『エーテル機関』と呼ばれる球体型の遺物がありますが、それの出すエーテル波という物がニヒト全体を覆い、霧が都市内で発生する事を防いでいるのです」
「自分達の生活基盤に関わる重要な遺物だな」
「まさにですね。霧の発生を防ぐだけで遠方でのミストの誕生までどうにか出来るものではないので、都市を守る為の城壁も、ミストを駆逐する傭兵達の力もやはり必要な訳ですが」
「……で、そういう話をしたって事は、つまりそういう事か?」
「はい、そういう事ですっ」
グレイは手に持った機械をアラタへと見せる。
何らかのメータの増減を指し示すそれは、今は針が右側へと振り切っていた。
「エーテル感知器。霧が発生していないのでもしやと思い起動してみましたがビンゴです…結構近くに反応ありますよ?エーテル機関と同じようにエーテル波を出している何かが」
そう言ったグレイの視線はこの施設の更に奥へと向けられていた。
光源のない一本道の通路をアラタとグレイは歩く。
左右の壁には扉のようなものが一定間隔で付いているが、どれも開ける事が出来なかった。
歩き続ける中、アラタはグレイが自身の左腕に着けた腕輪を残念そうな表情を浮かべながら眺めているのに気づいた。
ああ、とアラタも察する。
霧がない、という事はこの周辺にはミストもいない訳で、当初考えていた施設内での実験が行えないのだ。
わざわざ此処まで来た目的の一つが早々に達成不可となったのである。
落胆の一つも流石にするだろう。
「想定外って奴だったな」
「あ!いえ、顔に出てましたか?」
「それはもうガッツリとな。まあ、別の機会で試せばいいんじゃないか?」
「なははは……いえ、遺物回収って明確な理由もなかったらこうやって依頼として報酬の準備も出来ませんでしたからねぇ…」
溜め息をつき、力なく笑うグレイ。
「元々、わたくしの研究ってあまり注目されていないのですよ。グレイ号も、この遮断膜の腕輪も、大半の方々からしたら貴族の道楽扱いです」
「え、貴族だったのか?」
「わたくし、これでも良い所のぼっちゃんなんですよ?まあ、今の立場は実力で手に取ったものであると自負はしておりますが」
エーテル感知器を手の中で遊ばせる。
家の事を考えては憂鬱な気持ちになるのは何時もの事だが
「周囲からはコネで入ったとか何とか好き勝手言われ……最悪なのは室長をこの容貌で誑かして入ってきたとか言うホラ話もあるのですよ!?何でやねんでございますよ全く!」
室長とは技術研究所を統括する最上位の管理者の事である。
栗色のパーマで癖っ毛が目立つが、そこがチャームポイントとなっているのが、見た目幼い少年のように見えるグレイ・スタープライドという男だ。
良し悪し関係なく目立つ容姿というのは、それだけで苦労も絶えないのだろう。
わたくしは男娼か何かかーっ!と思い出しては火を吹かんばかりの勢いである。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
「落ち着いたか?」
「はい、つい怒っちゃいました。この怒りは帰りにミスト共を吹っ飛ばして解消いたしますっ」
「グレイ号壊れかねんから大事に乗れよ?」
最早帰りのことを考えながら気炎を上げるグレイに、アラタも苦笑いを浮かべた。
「まあ、大丈夫さ。グレイの発明はきっと今の常識を変える」
それは彼の本心から
一人の傭兵として、更に言えば、世界へと思いを馳せるアラタ・アカツキとしての
「人々は霧とミストの脅威に怯える事もなく、また世界中の国が繋がるかつての大陸が蘇る。俺はそこまでのものになると思ってるよ」
世辞でも何でもない、アラタからの、力強い言葉だ。
グレイは、唐突な彼の言葉に一瞬動きを止めかける程の衝撃を受けたが
「…ふ、ふふふ、そこまで言ってくださるのはアカツキ様が初めてでございます」
堪えきれないとばかりに、しかしどこか上品に笑う。
「では、そうですねぇ。この依頼が終わりましたら、もう少しお付き合い下さいませ?」
やはり、傭兵の方はしっかりされている。
いや、この場合はきっと、アラタ・アカツキという個人の人柄のお陰なのだろう。
長年鬱屈としていた心をほんの少し、軽くして貰えたような気がしたのだから
長く歩いた通路の先も、ついに見えてきた。
目の前にあるのは巨大な扉。
鉄のような重厚な両開きの扉であり、ここだけは雰囲気が違う。
何か重要なモノが眠っていると、そう確信させるほどの
「…アカツキ様、わたくしが確認していた情報では、なんですが」
「ああ」
アラタ、グレイの二人は感じ取っている。
この先の何かによって、理由の分からない緊張感を帯びている。
「この調査拠点では、保存技術に関連する遺物についての調査が行われていました。なので、てっきり食料の長期保存などの生活基盤を劇的に向上させる類の遺物ではないかと、推測していたのですが…」
「まあ、違うかもしれないよね」
「でございます。何よりエーテル波の反応があるなんて普通じゃありません。…気を付けて入りましょうっ」
「ああ、了解だ」
アラタが前へ出て、その分厚い扉に両手を当てた。
そのまま力を入れて一気に扉を押す。
「ぐっ…!」
ゆっくりと、大きく音を立てながら扉は除々に開かれていく。
そして、施設内に響き渡っていたその音は止んだ。
僅かな音の反響を残したが、それも聞こえなくなっていく。
扉は完全に開かれ、アラタとグレイはその先に広がる空間に目を見開いた。
ドーム状に広がる空間、此処はこの施設のそういう空間だったのか?
いいや、違う。
床は金属質な輝きを持ち、先程までの施設のソレとは全く違う材質である事が分かった。
円柱になった壁や頭上の高い天井からは岩肌が晒されている。
「岩山を利用した空間……くり抜いた?いえ、その割には余りにも岩肌の状態がデコボコで不均一な出来、それでお粗末……この抉り出されたような空間で何かがあった…?」
考え込むように呟くグレイを傍らにアラタはこの空間の中央に目を向けた。
圧力、緊張感、それを飛ばし、ぶつけて来る何か
アラタは険しい表情へと変えた。
グレイの肩を掴み、そのまま自身の後ろへと引かせた。
「えっ!?あ、アカツキ様?」
「下がって、もっと後ろに」
アラタは剣を構える。
前を睨みつけたまま、声だけをグレイに飛ばす。
その声色は、余裕を感じさせないものだった。
巨大な鉄塊が金属の地面に深々と突き刺さっていた。
どれだけの月日を放置されてたのか、その鉄塊は所々が錆付き、欠けていた。
それは巨大な剣のような形状だった。
人一人の身体を隠すような長く厚い刀身と、槍のように長い柄。
『生体反応、確認』
声だ。女のように高く、今にも消え入りそうなか細い声。
そこに壊れかけの機械のような雑音を混ぜて
『生体情報確認……登録なし……対象の武装を確認……不法侵入…と判断……』
鋭い爪先を持った金属の手が、その柄を掴み、地面より引き抜いた。
突き刺さっていた刀身で遮られ見えていなかった姿が晒される。
『戦闘機動、スタンバイ……エラー。機体内部確認……エーテルエンジン損傷……エーテル粒子、漏洩を確認……』
金属で覆われた巨大な四肢、胸部から腰にかけて重厚な装甲を纏った人型。
顔を隠すように覆った頭部装甲の奥に赤い光を灯す。
『出力を制限……セーフティーモード、一部兵装を制限……緊急戦闘形態へ……』
動く度に火花を散らす、動く度に金属が軋む。
明らかに、不完全。
万全といえない、本来のポテンシャルを発揮できそうにないのは一目見ても分かるだろう。
だがそれでも、アラタにとってアレは脅威となる。
『排除、開始します』
ミストとは比べ物にならない程の怪物だ。
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