第18話

 日が登り切るより早い、未だ薄暗さが残る時間。

 人気の少ない早朝の大通りを横断する一台の鉄の塊。


 ゆっくりと四輪が回り、その重量のある車体は徐行する。


 朝が早い住人達はそんな見たこともない謎の物体に目を丸くしながら驚く者達ばかりだった。


「うふふふふふふふふ……驚いてます、驚いてますぅ。自尊心満たされますよー…!」


「やけにテンション高いなぁ…」


 その鉄の塊…四輪型駆動機械『グレイ号一番機』の車内ではハンドルを握りながらテンションを上げるグレイと、窓際に寄り掛かりながら外を眺めるアラタの二人が乗り込んでいる。


「だってグレイ号の実地稼働も今回が初なのですっ!この子の真価を発揮出来る機会も到来するなんて……とっっっても感無量…ですっ!」


「壁外に出たら、動力炉心の稼働効率を上げて速度を出すって言ってたっけ?」


「はい!流石に都市内で馬車の全速力より速く動かそうものなら大変な事になりますからねぇ…早く、かっ飛ばしたい…!」


「ちょっと性格変わってない?」


「いえいえ!そんな事は!……わたくしよりも、アカツキ様ですよ。やはり本調子でないのなら、日付はずらしても…」


「受注者側の都合で遅らせるとか傭兵としてあるまじきだよ。依頼なんだ、期日はきっちり守らせて貰うさ…すまない、心配させた」


「アカツキ様…」


 アラタには今思い悩む事があった。

 もちろん、これは私情であり仕事の際には切り替えるつもりではいる。


 ただ、移動の合間であるこの時間だけは物思い耽けていたい気分だった。




 一緒のベッドで眠っていた筈のリリィの姿がなかった。




 書き置きが残されていた訳でもない。

 彼女はアラタが眠っている内に姿を消してしまっていた。


「リリィ…」


 思い悩んでいた事は察する事が出来た。

 その反動でアラタに対して過剰に甘えて来ていた事も分かっていた。


 だが、アラタからそれを聞き出そうとはしなかった。


 彼女から話をされる時を待とう、そう思っていたが…。


(その選択が間違いだったのかな…)


 本当は話を聞いて欲しかったのではないか。

 悩みを誰かに打ち明けたかったのではないか?


 俺は、そんな彼女の気持ちに応える事が出来なかったから、出て行ってしまったのではないか。


「はぁ…」


 いざいなくなったら、どうしてと理由を求めてしまうのは女々しい事だ。


 いいじゃないか。

 元々引き離すつもりだったんだ。


 これで心置きなく、ニヒトを出る準備が出来るというもの。


 そう割り切れ。

 でなきゃ、依頼に支障をきたすのだから。



「…ああ、そうだ。悩むなよ、アラタ・アカツキ」


 今は言い聞かせろ、これで良かったんだと。







 城門より壁外へと出てグレイ号は本格的に動力炉心の稼働を開始。


 その結果、想定していたよりも速い―――恐らく半日も経っていない頃には目的地である旧第三十三調査拠点へと到着する事が出来た。


 早朝からの出発であった為、今は恐らく昼頃に入った辺りなのだろう。


「まさか、道中でミストを轢き飛ばしながら進むとは思わなかった」


「ちょっと車体はへこんじゃいましたけど走行に支障はなかったですね!耐久テストという事でよいデータが取れて満足ですっ」


 グレイ号から降りながら、ぼやくアラタの傍ら

 グレイはほくほく顔を浮かべながら遮断膜の腕輪を装着し、仕様動作の再確認を行っている。


「よし……アカツキ様、サイズ調整はしてますので大丈夫だと思います。腕を出して下さい」


「了解」


 膝を着き、アラタの身長に合わせると近寄ったグレイが手慣れた様子で遮断膜の腕輪をアラタの左腕に巻き付ける。


 使用方法は単純だが、あらかじめの説明を受けている。

 これで何時でも使えるようにはなったのだが……。



「……なあ、グレイ。来て早々に思っていた事を聞いてもいいか?」


「はいっ 仰りたい事は分かりますので幾らでもどうぞ!ちなみにわたくしも分かりませんので!」


「匙投げるの早いなおい」


「見栄張っても仕方ありませんしね!むしろ解明してやろうと燃えちゃいますよっ」


 旧第三十三調査拠点。


 古代の建造物が岩山と一体化している為、建造物の外観は外から確認する事は出来ない。

 荷物運搬用と言えるような巨大なゲートが正面に一つ。

 そのゲートの周辺に過去の調査隊の装備や物資と思わしき残骸が多く転がっている。


 だが、通常ではありえない現象が起こっている。


「ここは……何故霧が漂っていないんだ?」


「何ででしょうね!」


 澄み切った空気、霧の世界特有の重苦しい感覚はない。

 建造物を取り込んだ岩山を中心に一定の範囲で霧がない空間が形成されている。


 霧がない故に、ミストの姿も一切確認出来ないのだ。


「……ふーむ、内部の確認次第ですがわたくしが思うに…」


 懐から何やら見慣れない正方形の機械を取り出すグレイ。

 その機械を片手に周囲をぐるぐると回り始めた。


「何か分かったか?」


「まだ確証は持てませんねぇ……」


「そうか、じゃあ」


 アラタは剣を引き抜く。

 見据えるのは正面の巨大なゲート。


「用心はしとけよ。今から中へ入るんだからな」


「了解でございます!」


 どちらにしろ、進む必要がある。





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