第13話

 グレイ・スタープライドという少年…ではなかった。

 あの幼いおっさんから妙に懐かれてしまったアラタ。


 おっさんに懐かれたとだけ聞けば想像する絵面は酷いが、相手の見てくれは美少年だからまあ…いや、それなら悪くないな、というのも変な話ではあるが


 細かい調整の後、実行日を決めた二人の話し合いは終わり、解散となった。


 時刻も大分進んでいたようで、技術研究所を出た頃には夕日が外を赤く照らしている。


(リリィは大人しくしてるだろうか…)


 ふと落ち着いてみれば、最初に思い浮かんだのは今自宅に居候している黒髪の美少女の顔である。


 そういえば、あいつ料理とか出来たっけ?

 家の物は勝手に使っていいとは伝えてたけど、失敗して腹空かしてないだろうか?

 勝手に外にフラフラ出て行ってまた迷子になってないだろうか?

 心配だ、心配することが山程あって心がざわつくようだ。


 いや、親目線かな?


 とりあえず、菓子のお土産でも買って行こうかな―――なんて


「……ああ、駄目だこれ。こんな気持ちで外に旅立つなんて、出来ると思ってるのかアラタ・アカツキ」


 自分自身を戒める為の言葉を吐き出す。

 未だ技術研究所の前に立ち尽くしたままで一歩も動いていなかった。


 自分は何を考えていた?

 依頼の打ち合わせが終わって、ではその準備をしないと…と考える前に


 リリィの事が真っ先に思い浮かんでいる。


「アックスの言う通りだよ、ニヒトにずっと留まってあいつと共に暮らすってのも悪くなさそうだ」


 だが、それはやはり駄目だ。

 今回の依頼、アラタにとってのターニングポイントとなるかもしれない。

 ミスト研究のグレイ・スタープライドとの知己を得た事、今回彼に依頼された試作装備。


 あれを譲り受ける事さえ出来ればアラタは、何時でも進められる。


「俺の…母さんと父さんの家へ忘れ物を取りに行く。そして更に先へ」


 霧とはどうして発生するのか、ミストはどうして生まれ人々を襲うのか。

 それを知る為には、全てを解き明かすにはやらねばならない事だ。


 家族は消え去り、家族以外の全員も消え去った。

 そして一人生き延びた、生き延びてしまったのがアラタ・アカツキだ。


 ならば、やはり探すしかないじゃないか。一人だけ生き残ってしまったのなら

 自身の家族が消えた理由を、何故霧に飲まれてなお、己は消えなかったのか、その理由も一緒に。


 やはり焦がれるものだ。

 霧で染まった世界、魔境と化した白き未開の地を切り開く事こそがアラタの求める生き方だ。




 陽がとっくに沈んだ頃にアラタは帰宅した。

 家の中の明かりはついておらず、最初は誰もいないものだと思っていた。


 一つしかないベッドの上、暗闇の中良く見てみると、相変わらず彼のシャツを羽織っただけのリリィが規則正しい寝息を立てている。


 テーブルの上にあるのはサンドイッチだろうか。

 ハムとレタスが挟まったスタンダートなものだ。


 作って待っていてくれたのかもしれない。


「何だ、料理出来たんだな」


 ベッドの脇にアラタは静かに腰を下ろす。

 横で寝ているリリィの髪に手を伸ばすと、ゆっくりと撫でた。


 薄暗いながら部屋の中を見渡してみると、様々な私物が整理されているようだった。

 心なしか室内の埃っぽさもなくなっている。

 どうやら外に出てたなんて事もなく、家の掃除を一通りしてくれていたらしい。


 意外にも家庭的なんだな、と思わぬ彼女の一面を前に顔が綻んでいる自覚はある。


「家事が出来るのは最強だな、お前」


「なら、もっと褒めてくれ」


 撫でていた手には気づけば彼女の指が絡まっていた。

 薄く開けられた瞼から金色の瞳が覗く。


 アラタの顔を確認して安心したのか、リリィは微笑を浮かべた。


「…えーと、おはよう?」


「おそようだぞ、アラタ殿」


「変な造語だなそれ」


 互いにクスクスと笑い、囁くように言葉を掛け合う二人。

 それは意識してしまうと、どこかむず痒く感じるものだった。


「帰り、遅かったであるな」


「ああ。受けた依頼が長丁場になりそうだからな、その分話し合いも長引いてしまったよ」


「……長期間、此処を離れるのか?」


「そうなる。城壁の外だ、向かうのは」


「……そうであるか」


「…ああ」


 沈黙だ。

 リリィは握ったアラタの手をニギニギとしている。

 アラタはそれをされるがままにしている。


 お互いが相手に掛けようとする言葉を探していた。


 だが、それでは逃げだなと思った。

 アラタは意を決した様に口を開き伝えた。


「リリィ、俺はニヒトを出ようと思ってる。今すぐって訳じゃないが」


 リリィの手が止まる。

 そして、彼女はじっとアラタを見つめている。


「だから、お前と一緒にいるってのは難しいと思ってる。…はは、変な話だよな、俺達はまだ出会って二日経っただけなのに、お互いの距離感が何の違和感もなく近くなっている」


 普通はここまでならないだろう。

 身体が深く触れ合うような距離感が嫌じゃない、むしろ心地良い。

 何となく察してしまう程に共にいる事が苦ではないと感じてしまう。


「離れたくないという気持ちが湧いてくる」


 出会った時間の短さが不自然な程に、互いが互いを考え、想っているのだ。


「アラタ殿」


 リリィは手を伸ばす。

 アラタが顔を近づけ、彼女が自身の頬に触れ易い距離まで近づいた。


「不思議に思わぬか?私が何をしたいのか、アラタ殿は予め分かっているかのように動けてしまう事が」


「……それは」


「変な話だ、と言った。それは間違っておらぬよ」


 リリィの伸ばされた手はそのままアラタの頭を自身の下へと引き寄せた。

 胸に抱かれるようにして、アラタは彼女に頭を撫でられている。


「変なのは、私だ」


 彼女の金色の瞳が暗闇の中でも鮮明に見えるほどに、光を帯びた様な気がした。


「リリィ?」


「アラタ殿のやりたい事は叶うよ。絶対に」


「…言い切るんだな」


「当然だ、何故なら私のアラタ殿だからな。悪いようにはならん」


 だから、とリリィは一言加えると胸の中のアラタを抱き締める力がより強くなる。


 離すつもりはない。

 離れる理由もない。


 私は引き離さないといけないと想われるような普通の女ではない。


「外が地獄だろうが何だろうが、私はついて行く。それは絶対だ、アラタ殿」


「………そう出来たら、いいんだろうな…」


「出来るとも。理由は…すぐに分かるから」


「………」


「おやすみ、アラタ殿」


 誰もが秘密を持っているというのなら、それは彼女もそうだ。

 しかし、それもいずれ明かすだろう。


 リリィ・ホワイトがアラタ・アカツキと共にいたいと思うなら、その正体を隠し通す事なぞ出来ないのだから





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