第12話

 遮断膜という試作装備の運用実験。

 しかしそれを行う前に見せつけられる致命的欠陥。


 今グレイは開発室という所から改良型を取りに応接間を離れいている。

 確かに使用中呼吸が出来ないのは論外だが、もしその遮断膜の効果がミストに対して有効だったのなら、間違いなく今後の遠征の安全性が格段に上がる。


 呼吸も出来ない問題に関してはその改良次第ではあるが、モノ次第ではアラタの目的にも合致する。

 是非とも欲しい、喉から手が出る程欲しい装備だ。


(その辺りはまあ、今回の運用実験で確認してみるとするか…)


「お待たせ致しました、アカツキ様」


 パーマ掛かった栗色の癖っ毛を揺らし、グレイは走って戻ってきたようだった。

 両手に抱えているのは先程の腕輪と同じデザインの物、それが二つ。


「問題点を改良致しました遮断膜・改となります。運用実験ではこちらを使用します」


「見た目は変わらないね、こいつだったら使用中でも呼吸が出来なくなったりとかはしないと」


「もちろんです!まあ、時間制限付きでありますが…」


 持ってきた改良型の腕輪を取り付けるとグレイは水晶版を指で押し込む。

 先程と同じ様に現れる薄い膜、しかし今度の膜は青色がより薄くなっている。


「機能は基本的に変わりありませんが、初期型と違い膜内部に空気を留める事が出来るようになっております。感覚としては……大体一時間持つか持たないか、でしょうか?」


「一時間か…結構悪くないかも?」


「解いた瞬間襲われる心配がありますので、一時間も外界では大分心許ないとは思います…とはいえ、今はこれが限界なので解除する際のタイミングは考えねばなりません」


 改良の効果はあったようで話している間にグレイの顔が真っ青になるような事もなかった。


 一通り使用した所で、グレイは遮断膜の機能を落とす。


「ふぅ……どうでしょう?これを実際にミストを前にして使用します、そして奴等に気付かれずに調査拠点の最深部まで向かう…という所です」


「実際に効果を発揮すれば、これは褒章ものの成果になるな。人数制限をしたのは、数がこれだけだったからか」


「はい」


 小さく頷く。

 その表情にミストの事を語った時のような負の感情は見えなかった。

 腕から外した腕輪を眺めながら、グレイはそれを優しげに撫でている。

 慈しむように、我が子に接する様にも見える。


 傍から見れば変人の類に捉えられそうだが、彼にとっては、この二つの腕輪は替えようのない成果なのかもしれない。


「今の所用意出来たのはこの二つのみ。もっと生産してから行っては?とも言われたのですが……わたくしとしては一刻でも早く成果を出したい」


「それは何の為に?」


「もちろん人の為です。そしてミストを駆逐する一助にもなれば」


 アラタからの問いにグレイは真剣な表情で答える。


 度が過ぎるせいで弱腰にも見える丁寧な口調も、年相応に幼い外見と細い身体であろうとも、それでもこう言い切る彼の姿には強さが秘められている。


 突き通す心の強さ、自身に出来ることをやり、目的を成す。


 グレイ・スタープライドという少年のやり方を見せつけられた気もした。


 アラタは楽しげに笑っていた。


「了解だ、スタープライドさん。これならきっと成果も出せるさ。運用実験、絶対に上手くいかせよう」


「……はいっ!」


 現場を知らない研究者の無茶振り、なんて事ではない。

 実際に少人数であるし、効果があるかもはっきりしていない試作品をぶっつけ本番で確認する事にもなったが、そこに不快な感情はなかった。


 純粋にグレイという少年を助けてやるかと、そうアラタは思えたのだ。




「少し話が逸れるがいいか?気になってたんだが…スタープライドさんって今何歳なんだ?見てくれからして…十を数えた位とか?」

「へ?いえいえ、そんな…わたくし、今年で二十八となります」

「…え?」


「―――ああ!いえいえ!わたくしが年上だからとて言葉遣いはこのままでよろしいのです。わたくしは未だ若輩の身!わたくしは永遠の学びの徒!つまり広い広義で見て学生!一人の上位傭兵として既に自立され、成果も出され、そしてしっかりとした考え方を持たれているアカツキ様に対してどうして偉ぶれましょうか!」


「お、おう…」

「むしろ、わたくしの事はグレイと呼び捨てに!未熟なわたくしを呼び捨てに!お呼びくださいませ!アカツキ様!」



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