第11話

 技術研究所。

 その建造物は木製とも、石造とも言えない見慣れない材質によって構成されており

 遺物レガシーユニットから齎された技術が数多く投入されているからなのか、この要塞都市内においても異質とも言える場所だ。


 都市国家ニヒトとソルダードギルド協同の下に設立され遺跡より発掘された古代のオーパーツ…遺物レガシーユニットの管理、解読や、対ミスト装備の開発等、全てがこの施設にて行われている。


 アラタが今回向かうのはミスト研究部門が仕切る研究室。

 その名の通り、霧やミストの解明、それらに対抗する為の装備の開発を目的としている。




 同じ区域だった事もあり、さほど時間を要する事もなくアラタは技術研究所へと到着。

 予めアポイントがギルドの方から取られていたからか特に手間取る事もなく、彼は案内された応接間にて相手の来訪を待つのみとなっていた。


(………長いな)


 結構待っていた。

 もう三十分は待ったんじゃないか?


 案内され、最初に渡されたお茶も冷え、一緒に用意されていた菓子類も食べてしまっている。


(流石にこれは待たせ過ぎじゃないのか、本当に誰も来ないんですが)


 何かあったのか、あったとしてもそれを伝えに誰かが来るなんて事もない。

 これは何だ、傭兵だから軽んじられてる?


 おいおいおいおい、こちとら傭兵は傭兵でも上澄みの上位傭兵だぞ?依頼達成率9割超えの優等生だぞワレぇ。


 などと内心荒ぶりかける感情を何とか抑えつけながら、更に待つこと十五分ほどか。


 応接間の外から慌ただしい足音が近づいてきた。


「やっと来たか」


 思わず溜め息を吐き出しかける、間もなく大きな音を立てながら勢いよく開かれた扉の先を見てみれば一人の少年が膝に手を着き、どれだけ全力疾走して来たのか息が荒い。


「ひー…ふー………ゲホゲホ……はぁ、はぁー……んぐ、ごほっ」


 小柄だ、アラタよりも一回りは小さいだろう。

 パーマの掛かった栗色の髪に幼い顔立ちをしている、と言うより実際に幼いのではないだろうか。


「…子供か?」


 脳内に浮かぶ疑問。

 そういえば、依頼者の外見に関する話は一切なかったな、と思い返す。


 そんなアラタが向ける視線の先で、呼吸を落ち着かせた少年がアラタの前に進み出た。


 無言のまま互いを見つめている。

 アラタは相手からの言葉を待ち、対となる少年は顔が真っ赤となって、口をパクパクとし続け―――。


「ぉ、ぉぉ……ぉおおおお待たせしししししましたぁぁぁあああああああああ!!ゲッホっ!?」


 いやうるさいわ、流石のアラタも少しビックリした。


「ああ、うん、冷めた奴でいいなら、ここにお茶あるから」


「ぁ、ぁ、ぁ、ありがとうございまぅ…」


 呂律も上手く回っていない様なので一旦落ち着かせる事とした。

 本当にこの子が依頼者で…え?合ってる?




「大変、お恥ずかしい姿を見せてしまいました。わたくし、初対面の方が相手となると少しだけ緊張しちゃいまして」


「あれで少しって言っちゃうんだ」


 えへへ、と可愛らしく笑いながら頭を掻き、少年は頭を下げた。


「グレイ・スタープライドです。若輩ながらミストに関する研究を任されておりまして、はい」


「アラタ・アカツキだ。君の護衛として依頼を受けさせて貰った。よろしく頼む」


 グレイと握手をしながら、簡単な自己紹介を終えた。


 来た直後の慌てぶりとは一転して、丁寧過ぎるとも感じる口調。

 外見が子供である事と合わせて、チグハグな印象をアラタは受けていた。


「それで、スタープライドさん。依頼の内容について詳しいお話を…」


「ええ。ええ、もちろんさせて頂きます。しかし、その前にお詫びをさせて頂きたく思いまして…」


「え、あ、はい」


 恐らくこちらを長時間待たせた件についてだろう。

 姿勢を正したグレイに釣られるようにアラタもソファから立ち上がっていた。


「今回の遅れの件につきまして、わたくしの事前の準備不足が招きまして…いえ!何時、傭兵の方が来られるかが直前まで分からない事ではございますが、依頼発注者と致しましてはどんなタイミングであろうとすぐさま動ける事前の備えを徹底していなかった事はわたくしの気の緩みが――――」


「いや、待て、落ち着け。早口が過ぎて怒涛の口撃だから分からないから。俺は特に…今は気にしていないから大丈夫、うん」


 流石に相手の慌てぶりを見ていたら咎める気も失せたというべきか。

 口が回りすぎて早口言葉みたいになっているグレイを止めつつ、依頼の話に戻るように促した。


「ああ!わたくしとしたことが逆に気を遣われる始末…アカツキさま…なんてお優しい…!それに対してわたくしは何て愚鈍…いえ、申し訳ありません。それではお話をさせて頂きます。」


「そうしてくれ」


「それでは、まずはこちらの資料をどうぞ。一度軽く目を通して頂けると」


「……ただの護衛である俺とも情報の共有を考えてたんだな」


 護衛はあくまで護衛、この手の調査依頼で傭兵に細かい説明をする研究者と言うのも珍しいのではないだろうか。


「これから一緒に向かって頂く先で、どのような想定外が起こるか分かりません。危険な地であるという事は幾ら内勤務めが主であるわたくしとて理解しているつもりです…」


「だからこその情報の共有か。俺も学がある方ではないけど?」


「専門用語などもあれば噛み砕いて説明出来るようにしておりますので、よろしくお願いします。一度読んで見てもらい、それから質問があればと」


「分かった。じゃあ、少し時間を頂く」


 互いにソファへと座り直す。

 グレイが用意したであろう資料が彼から渡され、アラタはその資料を手に取り、軽く目を通してみる。

 枚数はそこまで多くない、依頼に関係する必要な情報のみで纏められているのだろう。


 概要はこうだ。

 今回向かう事となる旧第三十三調査拠点。

 ここはかつて、霧が発生する前に要塞都市ニヒトにて遺物レガシーユニットの発掘が行われていた拠点であったと言う。

 霧が発生する直前まで調査隊が留まっていたらしいが、霧の発生した後に彼等が戻ってくる事もなく、恐らくミストによってやられてしまったのだろうと言われていたのだが…。


「発掘途中であろう遺物の回収が目的……って事か」


「実際は今回わたくしが試作した装備の運用実験のついで、という事になります」


「運用実験?」


「こちらですね」


 グレイが見せてきた左腕には鉄製の腕輪のようなものを着けてられていた。

 表面には青い水晶版のようなものが付けられている。


「この水晶版を指で押し込んで貰えば」

「…これは」


 押した瞬間、水晶版から淡い青色の光が発生し、装着者の周囲に膜のようなものを形成した。

 アラタが触れようとすれば、この膜自体が目に見えているだけのものなのか何の感触もなく通り抜けていく。


「遮断膜と呼んでます。相手はミスト限定となりますが、奴等の探知から人間の気配を遮断する装備です」


 アラタの肩に手を触れながらグレイは言った。


「ミスト限定か」


「ええ、奴等の原理は未だよく分かっていませんが、一つはっきりしている事がありますので」


「と言うと?」


「最前線で直接戦っているアカツキ様ならば察せられると思いますが、ミストは人間の気配に関しては恐ろしく機敏だ。足元にある遮断物に気付かず転倒したり、木が茂滾る森では木によくぶかっていたりと間抜けな話も多い中で、ただ人間が目の前にいる時だけ、奴等はあらゆる障害も意に介さず迫ってくる」


「…確かに」


 足を取られ転倒したというのは知っている。

 彼も対峙中にそれを見た事があるから、そして倒れたまま体を引き摺ってでも迫ってくる奴等からは人間だけは逃さないと、そう思わせる執念を感じさせた。


 木によくぶつかっているという話は恐らく交易団から齎された内容だろう。

 アックスも話していた事があったが彼等が行軍中に休憩を取る場所を決める際、出来るだけ木々に囲まれた森の中で行うようにしていたと言う。


 理由は単純、どんな時でも常に襲ってくるミストだが、森の中だと奴等の動きを阻害する事が出来るからだ。

 ミストに対して一回り小さい人間が対抗する為の戦術の一つである。


 だが、例え動きが取れなくとも、足を全て潰し、腕を潰したとしても、ミストは身体のどこかが動けるのなら、何がなんでも人間を襲おうとする。


 以上なほどの殺意を持ってくるのがミストという怪物である。


「わたくしは考えるに、ミストの視力はほとんど機能していないのではと思っています。故に木は避けられないし、足元の障害物に何度も引っ掛かるのだと」


 眼の前の少年は明らかに負の感情を含んだ表情を浮かべている。


「あるのは人間を察知するだけの何かしらの能力、もしくは器官か。ならば、それを阻害する為に色々とやってみようと思ったのです」


 青い膜に手を伸ばし、内側から撫でるように膜に手を添えるグレイ。


「匂い、足音、呼吸音、様々な要因を膜を境にして遮断しました」


「声は聴こえるんだな」


「触れている相手に関して伝わるんですよね、わたくしは触れ合い回線と言ってます。それ以外では今のわたくしは言わば密封した袋の中に詰め込まれている状態ですよ………まあ、ただ…ただ問題が……」


「ん?問題?」


 先程まで流暢に話していたグレイだったが、ほんの少し時間が経てばみるみる内に顔が真っ青に、呼吸が荒れてきているような


「………あらゆる要因を遮断するという事はぁ……どうやら酸素とかも遮断してるようで…」


「おい馬鹿やめろ。早く解除しろ、解除!」


 慌てるようにしてアラタがグレイの腕輪の水晶版をもう一度押すと、青い膜は空気に溶ける様に無くなっていった。


「………なあ、スタープライドさん。これはもうはっきり言うと」


 足りない酸素を取り戻すように呼吸し続け、咽ているグレイの背中を擦りながら、当然の様に思った事を言った。


「致命的な欠陥という奴では」


「こ、これは初期タイプの試作品!ですので!運用実験の際には今改良を加えてるモノを使いますので!げほげほっ!」


やった事は凄いのに、何だか不安になるアラタである。

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