第10話

 なし崩し的に、と言うべきなのだろうか。

 特にそれらしい話し合いもなく、リリィはアラタの家に居候する事となった。


 彼女としても、やはり兄に見つかる事と連れ戻されるのは俄然拒否と言った所らしく、なんだったらこのまま一緒がいられないだろうかと言う話にもなっていた。


 また路地裏で野宿をさせるつもりはない。

 一時的にという形なら彼女を家に泊める事とて吝かではない。


 だがずっとは駄目だ、流石にそれはアラタには困る話だ。

 彼はずっとニヒトに留まるつもりがないのだから


「アラタ殿、お主には何か目的があるのか?」


「……気が向いたら教えるよ」


 アラタとて自覚している。

 彼の目的が大多数の人々からしたら、決して認められるような事ではないと言う事も。


 だからこそ、彼女へは話さない。

 きっと話してしまえば拒もうとするだろう、もし彼女がアラタを止めようとするならば、彼がそんな彼女を振り払えるかも分からないから。


「ほんと、厄介だよ、これは」


 これが、運命の出会いというものならば

 それを仕組んだ何者かをアラタは絶対に許さないだろう。


 俺の邪魔をするんじゃないと、大声で言ってやりたかった。




 付いてこようとしたリリィは家へと押し留めてアラタが向かったのは城塞都市ニヒトの中心地、第一中央区域にあるゾルダードギルド本部である。


 アックスやその他の傭兵のように傭兵団マーセナリーズを結成しておらず、基本単独で動く事を主としているアラタは、依頼発注などは本部にて直接行うようにしている。


 基本的に傭兵とは傭兵団に属しているものなので、ゾルダードギルドからの依頼というものはそれぞれの傭兵団が管理している兵舎へと送られている。

 その際に送られる依頼も、ギルドによって厳正に精査された上で複数個の依頼が送られる事となるので、

 傭兵団では、送られてきた複数の依頼を適正のある団員等に振り分ける形で遂行していく…という形となる。


 ちなみに傭兵団への依頼は常に発注される訳ではない。

 だが、傭兵団の規模や名声に応じた支給金がギルドから全ての傭兵団へと毎月送られているので、維持費が用意出来ずに傭兵団が瓦解しました…という問題は滅多に起こらないという。


 ゾルダードギルドが誇る資金力は一体どうやって維持されているのか誰もが気になっている事ではあるのだが、

 傭兵にしろ、そうじゃないにしろ、彼等に助けられている以上、余計な詮索はしないに越した事はないだろう。


「ようこそお越し下さいました、上位傭兵アラタ・アカツキ様。ゾルダードギルドはあなたを歓迎致します」


 ゾルダードギルド本部の扉を開くと、そこはエントランスルームとなっている。

 中央にある受付カウンターには、複数人の受付嬢が立っているのだが


「毎度、律儀にどうも。その格式張った挨拶は必要なのか?」


「当ギルドでは、そういったものですのでご理解頂けると助かります」


 入って早々にアラタへと声を掛けたのは、その受付嬢の一人であるフィオナ・ハートストーンという名の女性。

 アラタのような単独で任務を遂行する上位傭兵への依頼を主に管理している。


 受付嬢はギルドの顔とも言える為か、耳元まで切り揃えた金髪がチャームポイントな見た目は美しい女性ではあるのだが、

 あくまでビジネスライクな付き合いとして彼女も傭兵と接しているので浮いた話が出るような事もないようだ。


「早速だけど、依頼が欲しい。引き受け手が見つからない依頼なら上位傭兵向けでなくとも受けるが」


「遂行難易度が困難である事以外で残る事は滅多にありませんので、その心配はございませんね……それでは、こちらは如何でしょうか」


 数枚の書類を見繕った後、フィオナはカウンター横に設置している水晶版へと手をかざした。


 ゾルダードギルドによって量産管理されている再現遺物リプリケイトユニットと呼ばれるアイテムの一つ、収集した情報をより精密に表示する水晶版に依頼内容が映像と共に表示された。


「依頼内容、旧第三十三調査拠点まで依頼者の護衛です」


「護衛……待て、これは単独で行う依頼か?」


「詳細はこれから説明致しますので」


 アラタからの疑問にも淡々と答える。

 フィオナは手元の端末を操作し、水晶版に今回の目的地が映し出され、そして護衛対象とされる人物の説明も行われた。


 内容を纏めると、ニヒトから南東にある旧第三十三調査拠点へとある研究者を連れて行って欲しいという事。

 護衛が一人なのはその研究者の要望であり、大人数は好ましくないとの事だ。


「つまり、ミスト研究の第一人者とされるこの方とアラタ様の二人で行動する事となります……内容は以上となりますが、何か質問等はございますか?」


「うーむ……いや、質問というか」


「何でしょうか」


「いや、この研究者は、こう言っちゃなんだが自殺願望でもあるのかなって」


「おや、それをアラタ様が言われるのですね」


「……あー、まあ、同じの穴の狢ってか」


 バツの悪そうな表情を浮かべて顔を逸らすアラタ。

 こうは言うのも当然、フィオナもアラタの目的を知っている数少ない人物の一人であるからだ。


「しかし、アラタ様のような酔狂な方が他にもいらっしゃるという事もまた事実…」


「君も中々毒づくよな」


「質問に関しては依頼者御本人から聞かれた方が早いかと思います。依頼の受注がされた際にはその傭兵を技術研究所へと向かわせるよう申し受けてもおりますので」


「……了解した」


 鉄面皮とも言える表情を笑顔に変え、フィオナはお辞儀した。


「それでは…行ってらっしゃいませ、上位傭兵アラタ・アカツキ様。依頼の無事の完了を祈っております」


 そうして、アラタは送り出される事となる。

 目的地の技術研究所は、此処と同じく第一中央区域にある建造物の一つだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る