第14話(改)

 目を覚ませば朝を迎えていた。

 昨日に続き、また着替える間もなく眠っていたようだった。


(疲れてるのか、眠り心地が良かったのか…)


 前日と違い目が覚めた時、ベッドにはアラタが一人寝惚け面を晒しているのみである。


「起きたであるかー?」


 リリィの声が聴こえる。

 更に言えば良い匂いも漂ってきていた。


 特に返事もせずにベッドに転がったままボーッとしていたアラタだったが、突然視界に影が差した。


「こらこら、呼んでるのだから返事するのだ。それとも、昨日はそんなに寝れなんだか?」


 アラタの顔を覗き込むリリィ。

 黒の長髪をポニーテールに纏めているのは先日から変わらずだったが、装いは彼女が着ていた白いローブの姿だった。


「………リリィか」


「うむ、君のリリィ・ホワイトだ」


「……偉く攻めた事言ってんな」


「嬉しかろ?君のワンちゃんでもいいぞ?ワンワン」


「あったばかりの時はともかく今言われると意識するからやめてくれ…」


「それはいい。もっと意識しておくれ」


 リリィに手を引かれながら身体を起こした。

 テーブルの上には、昨日作ってくれたまま置かれていたサンドイッチと、湯気立ったスープが一つ。


「折角作っておったのに食べておらぬから、そのまま朝食で食べてしまえ。リリィ特製スープも付いておるぞ?」


「ああ、頂くよ。ありがとう」


 椅子に座り、ハムサンドに齧り付く。


 ハムとレタスの瑞々しさがそのままに塩で味付けもされている。

 シンプルに美味い。


(…一晩放置してあったのに、まるで作りたてみたいだな)


 幾つかの料理店には冷蔵で保存できる道具もあるらしいが、そんな上等なものはアラタは持ち合わせていない。

 ハムは常温で保存出来るものだったので買っていたのは憶えていたが、野菜は痛み易いのもあって確か買ってはいなかった筈だ。


 アラタは向かい側に座るリリィを見る。


「ん?」


 どうかした?と尋ねるようにリリィは笑みを浮かべて首を傾げた。


 作り直した…という訳ではないらしい。

 昨晩はそんなに冷え込んでいたかなぁと寝惚け頭のままだったのか、そこまで深く考える事はなかった。




 食事を終え、件の護衛依頼の準備の為に家を出るアラタを見送った。

 洗い物をする、ベッドを整え直し、掃除は昨日一通りしてたので特にない。

 彼もあまり家にいる事もなかったからか、汚れや乱れも少なく、やれる事はあっという間に終わってしまう。


 暇になると、リリィは本棚の方へと目を向けた。

 昨日から、何となく暇つぶしで一冊の本を手に取っていた。


 英雄録、そう題されたタイトルの本。

 これが包装されたまま、本棚に挟まっていたのだ。


 中身は偉人伝と呼ばれる類のそれと変わらないものだが、この英雄録という本は所謂子供向けだ。

 文字を読みたての幼い子供でも楽しめるように絵や分かり易い言葉を使うように工夫され、ここに記されている人物も勧善懲悪の物語として描く事が出来る者達ばかりである。


 何故、この本だけは開けられていなかったのか。

 他に置いてあった本は全て何度か読み返した跡もあったのに、これだけは手付かずで、だけど忘れて放置してあったようにも思えななかった。


 長年放ったらかしにしてたような埃っぽさもなく、手には何度も取っているのだと言うのは分かった。


「…そういえば、勝手に包装を解いた事、言ってなかったのである…」


 やばい、言ったら怒られるかな、なんて

 不安がりつつもリリィは昨日の続きから本を開いた。


 三つの国を支配した悪い王様を倒し、多くの人々を解放した黒い姿のワイルドハント。


 人間に迷惑をかける山のような大きな竜を倒した最強の狩人、ロビン・スレイブ。


 悪魔の起こした戦争を終わらせた自由の英雄、アルス・ロッド。


「アラタ殿も、こんなお話にワクワクしていた事もあったのかな」


 小さい頃の彼の話はいずれ聞いてみたくはあるものだ。

 だけど、今は難しいのかもしれない。


 彼の子供の記憶とは、両親との離別の記憶でもあるのだ。

 本人から話してくれる日が来る事を信じて待っていよう。



 待っていようと、そんな事を言えるだけの時間を、彼と一緒にいられるのだろうか?




遠征に向けての準備を行う為、アラタは再び技術研究所へと赴いていた。


食料などの物資の調達もあったが、グレイ曰く調査拠点までの足を準備する必要があるとの事だ。


「試作型であるこの遮断膜は、空気まで弾くという欠点の都合上、今は長期行軍に向いておりません。わたくし達には足が必要なのです。少数で、霧の中のミストを物ともしない足が!」


「そんな都合が良いものがあれば苦労しないと思うけど」


「それがあるんですよね!わたくし精進の身ではありますがこれは自慢出来ると自負しております!むしろ褒めてほしい!」


「おー、凄いなーグレイは」


「へへへー、そうですともそうですとも」


青年が、幼い子供を褒めている。

大変仲がよろしく見える、それはとても微笑ましい光景。


実際は年下が年上のおっさんの頭を撫でている構図なのだが、当人達はあまり気にしてはいない。


外でお待ち下さい!とグレイに言われ、研究所前にて待っていたアラタだったが

程なくしてグレイが伴ってきたソレに驚く事となる。


「ご覧あれ!これこそわたくし最初の大発明、四輪型駆動機械!」


全長が五メートルはあるであろう巨大な箱…に四つの車輪が着いたそれがグレイに追従するようにして、その姿を現した。


「その名もグレイ号試作1番機でございます!」


「自分の名前冠するのは強いな、色んな意味で」


ネーミングセンスは一先ず置いておくとして


グレイ号と名付けられたそれにアラタは近寄ると、その車体に触れた。


全体は灰色を基調としている。

試作と言っているだけあって塗装などもされてはいないようで、これは車体の材料で使っている鉄本来の色となっているだけのようだ。


視界を確保する為のガラスがグレイ号の前面に付けられ、外からでも内部の様子がガラス越しに見る事も出来た。


「馬車じゃない…馬が引かなくても動くのか」


「ふっふっふ…移動手段としてベターであります馬車ですが、こと霧の世界を踏破するにはあまりにも脆いのでございます。交易団の遠征でも傭兵の方々が護衛に就いたとしても必ずしも守り切れるとは限らない…なので!」


グレイ号の前で大きく腕を広げて見せた。


ああ、凄く説明したいんだな、とアラタも流石に察する事が出来た。


「幾多の遺物レガシーユニットの解読によって開発致しまたこの動力炉心によってぇ!凄く頑丈!馬車よりも圧倒的にはやーい!新時代の乗用車を作り出したのです!」


「いや、普通に凄くないか?これさあれば交易団の道中の安全も格段に上がるぞ」


むしろ遮断膜以上に有用ではないだろうか?

この発明があれば遠征によって起こりうるトラブルや被害も抑えられるのでは?と思うアラタであったがそうは問屋が卸さないのがグレイの発明である。


「…もちろん、問題もございます…!」


「ああ、やっぱりあるのか」


「使う分には高く評価されておりました。操作性もよく、車体も見ての通り全て鉄製なので生半可な攻撃は物ともしません!」


話していく内に熱くなってきたのか、握り拳を力強く上へ掲げるグレイ。


「しかし…単純にコストが掛かり過ぎると…!ならばせめて一部の材質を木製に変えればという代替案も出したものの、それでも有限である鉱石を大量に使う事に変わりないからと…確かに交易による取引でしか供給が出来ていない鉄等の鉱石が大量に必要なので……くぅっ」


当時のやり取りでも思い出してしまったのだろう。

段々と語尾が弱々しくなっていくその姿にはアラタも肩に手を置く位しか出来なかった。






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