第3話 ハルちゃんにまた怒られる!

 さて困った……。


「あのー」


 僕は、ただ自宅までの道を歩いていただけ。別に、回り道をしようとか、いつもとは違うルートで帰ってみようとか、そんなことをしていたわけでもない。普段と何ら変わらない行動をしていたはず。なのに今、この状況に置かれている。


「聞こえてないの?」


 すぐ背後から聞こえる女性の声。姿形は見えないが、何となく首をかしげているような気がする。


「あれー? この人になら絶対聞こえてると思ったんだけどなあ」


 普段の僕なら、「すいません」と最初に声をかけられた瞬間、後ろを振り向いていたに違いない。けれど、今回は僕の中の直感がそれを許さなかった。加えて、突然体が震え出したのだ。背後にいるのは悪霊、絶対に振り向くな。全身が、そう叫んでいるように感じる。これまで幾度となく悪霊と遭遇してきた僕。この感覚に間違いなんてあるはずがない。


「むむむ。やっぱり私の勘違いなのかな」


 ほんの少し寂しそうな女性の声を無視し、僕は震える足を進ませる。腕には鳥肌が立ち、背中を冷や汗がつたう。ちょっとでも油断すると、自身が認識されていることを悪霊に気づかせてしまう。


 冬治とうじさんや春野はるのから何度も教わったが、悪霊は、自身が認識されることを害だと考える傾向がある。そして、そんな害を排除することに容赦はない。僕が昨日遭遇した落ち武者だってそうだ。そのあまりの恐ろしさに僕が悲鳴を上げてしまったことがきっかけで、落ち武者は僕を襲おうとした。春野からもらった除霊の札がなければ、どうなっていたことか。


 悪霊の言葉に反応なんてしてやるもんか。


 そうしないと。


 そうしないと。


『先輩。除霊の札は大事に使えってあれほど言ったっすよね』


『は、はい』


『それなのに、昨日の今日で……』


『あ、あはは』


『…………』


『はは……は』


『先輩、歯を食いしばるっす』


 ハルちゃんにまた怒られる!


 ……って、なんで悪霊に襲われる心配より、ハルちゃんに怒られる心配なんてしてるんだろ。


 どうやら、僕の頭は一周回って冷静さを取り戻してくれたらしい。自分で自分に呆れてしまう。


「おーい。本当に聞こえてないの?」


 悪霊は、まだ背後で僕に声をかけ続けている。諦めの悪い悪霊もいたものだ。いい加減どこかへ行ってほしいが、こちらとしては無視するほかない。


「えっとー」


「…………」


 にしても、この悪霊はどこかおかしい。


「実は」


「…………」


 話し方が悪霊らしくないというかなんというか。


「私、前世で君の恋人だったんだよ」


「は!?」


 とんでもないことを言われた気がして、僕の体は条件反射的に後ろを振り返ってしまった。やばいと思った時にはもう手遅れ。僕の目の前には、ニヤリと笑みを浮かべる女性が立っていた。


「あ。やっぱり聞こえてたんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る