第2話 悪霊を引き寄せる?

 僕と春野はるのが出会ったのは、僕が小学校に入学する前のことだった。


 月に一、二回は必ず体調を崩して寝込む。加えて、いつも「幽霊さんが……」と口にする。そんな僕のことを心配して、両親はとある人のもとへ僕を連れて行った。それが春野の祖父、西宮冬治にしみやとうじ。彼は地元で有名な霊媒師であり、とてもすごい力を持っていると周囲から畏怖される存在だった。


天野宗也あまのそうや君、だったかの。この子は、悪霊を引き寄せる体質なんじゃ」


 この時の記憶はあいまいだが、冬治さんは両親の話を聞いてすぐにこう語ったそうだ。


「悪霊を引き寄せる?」


「うむ。その体質のせいで、この子は体調をよく崩してしまうんじゃな」


「そ、そんなこと、あり得るんですか?」


「あり得るから今こうなっておるんじゃ。何とかしたいが、なにぶん体質。わしには治せんの」


 両親は、冬治さんの話に心底絶望した。そして、彼に向かって頭を下げた。自分たちの子どもを救う手立てがほしい。少しでも苦しみから遠ざけたい。そう強く強く願いながら。


「……手がないわけではない」


 両親の姿に心を打たれたのか、はたまたただの気まぐれか。冬治さんはある提案をした。それは、冬治さんの家で僕に悪霊との関わり方を教えるというもの。悪霊を引き寄せる体質をどうこうするのではなく、体質を受け入れる選択だ。両親は喜んでこの提案に賛成。その日から、週に一度か二度、僕は冬治さんの家に通うこととなった。


 そんなきっかけから出会ったのが、冬治さんの家で暮らしていた春野。お互いまだ幼かったせいか、性別や年の違いをあまり意識することなく打ち解けた。これまでどれだけ一緒に遊んだかなんて数えきれない。近くにいるのが当たり前の、気の置けない幼馴染。小学生、中学生、そして高校生になった今でも、その関係は続いている。


「先輩、悪霊との関わり方を言ってみるっす」


 校門前。ビシッと僕に人差し指を向けながら春野はそう尋ねた。


「基本は無視。話しかけないし目も合わせない。相手から話しかけてきても聞こえないふり。ただ、危害を加えられそうになったら除霊の札を使う」


「うむ。満点っすね」


 腕組みをして満足げに頷く春野。


 冬治さんからも春野からも、耳にたこができるほど聞かされてきた悪霊との関わり方。とっさに聞かれたところで、答えられないはずがない。


「じゃあ、自分はスーパーに寄るからここでお別れっす。今日は、マ……お母さんとお父さんが久々に帰ってくる日なんで」


「あ、そうなんだ。それならごちそう作らないとね」


 春野の両親は県外での仕事が多く、なかなか家に帰ってこない。最近帰ってきたのは、春野の高校入学式の時だったから、実に一か月半ぶりだ。


「先輩、また明日。除霊の札、大事にするっすよ」


「分かってる分かってる。じゃあね、ハルちゃん」


 僕が小さく手を振ると、つられるように春野も手を振り返す。その後、春野はクルリと僕に背を向け、スーパーのある方へと歩いていく。どことなくスキップをしているように見えるのは気のせいだろうか。


「ハルちゃん、何買うんだろ。お刺身かな? ステーキかな?」


 そんなことを考えながら、僕は春野の後ろ姿を見送るのだった。

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