ある日出会った幽霊は、友達探しをしてました

takemot

第一章

第1話 本当に先輩は相変わらずっすね

「実は昨日、落ち武者に襲われそうになってさー」


 そんな僕の言葉に、目の前で将棋の本を読んでいた後輩、西宮春野にしみやはるのが勢いよく顔を上げた。普段から鋭い目つきがさらに鋭さを増し、口は半開きになっている。ショートボブに整えられた黒髪がユラユラとうごめいているように見えるが、さすがにそれは幻覚だろう。


 ……幻覚だよね?


「またっすか!! ほんっとうに、先輩は相変わらずっすね!!」


「いやあ。それほどでも」


「褒めてないっす!!」


 叫びながらテーブルを叩く春野。二人しかいない将棋部の部室に、バンッという大きな音が響き渡る。


「ま、まあまあ。ハルちゃん、落ち着いて」


「落ち着けるわけないっす。毎月毎月、先輩は悪霊に襲われそうになるんすから。しかも、今月は二回目。除霊の札を作るこっちの身にもなってほしいんすけど」


「その節は本当にありがとうございます」


 お辞儀する僕。それはもう深々と。テーブルの冷たさを額で感じるくらいに。ひんやりしていて気持ちいいなんて感想を抱いてしまったのは、きっと僕の心が現実逃避を求めているからに違いない。


 そこからは、彼女の説教タイム。悪霊を引き寄せる体質をどうにかしろだとか。除霊の札を作るのがいかに大変かとか。幼馴染として、自分のことを普段から甘やかせだとか。


 ……さらっとおかしいの混じってる。


「ごめんね。ハルちゃん」


 いろいろ言われながらも、謝罪の返事を繰り返す。春野とは昔からの付き合いだ。説教モードの時は何を言ったところで無駄。それくらいのこと、重々承知している。


 数分後。ようやく落ち着きを取り戻した春野は、「はあ……」とため息を一つついたかと思うと、足元に置いてあった通学カバンの中をゴソゴソとまさぐり始めた。


「大事に使うっすよ。昨日作ったばかりなんすから」


 そう言ってテーブルの上に置かれたのは、一枚の札。大きさは一般的な本のしおりくらい。札の上にはよく分からない文字がつらつらと書かれ、異様な雰囲気を放っている。禍々しいという言葉がピッタリのそれは、先ほど話にも出た除霊の札。悪霊に対してこの札を当てると、自動的に除霊をしてくれるという優れものだ。


 ちなみに、除霊の札は、悪霊以外の一般的な幽霊に対しては効果を発揮しないように細工されているらしい。原理は不明だし、教えてもらったとしても理解なんてできないだろう。春野曰く、「間違って、いい幽霊まで消しちゃうわけにはいかないっすから。座敷童とか守護霊とか」らしいけども。


「ありがとう。にしても、ハルちゃんには昔から助けてもらってばっかりだ」


「それもこれも、先輩の体質のせいっすけどね」


「あはは……。もうハルちゃんなしじゃ生きていけないかも、なんて」


「んにゃ!?」


 僕が何の気なしにそう告げると、春野の口から妙な言葉が飛び出した。いや、言葉というよりは、鳴き声と評した方がいいだろうか。これまでも何度か耳にしたことのある鳴き声だが、その時の春野が何を考えているのか、いまいちよく分かっていない。分かるのは、春野が決まって挙動不審になるということだけだ。


「ハルちゃん、どしたの?」


「…………」


 春野は、口をパクパクさせながら視線をさまよわせる。部室の窓から差し込む西日が、春野の頬を赤く染めていた。


「ハルちゃーん」


「…………」


「おーい」


「…………」


 キーンコーンカーンコーン。


 突然鳴り響くチャイムの音。壁にかけてある時計に目をやると、針は午後六時を指し示している。もう完全下校の時間だ。


「はああああ」


 やっと平静を取り戻したのだろう。春野が、大きな大きなため息を吐く。


 そして、聞き覚えのある一言。


「本当に先輩は相変わらずっすね」

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